3 目が合わない理由
《ますますかっこよくなっちゃって!成長期ありがとう!ってか結婚ありがとう!ダメもとで講和条件出してみたら通るとかいう奇跡としか言いようのない出来事が本当にあってもいいんでしょうか神様?幸運使い果たして私は明日死にますか?帰ったら神殿に重課金するんでもう少しアルヴィンと過ごさせてください!》
聞き間違いか?
いや、そうじゃない。確かに彼女の心の声だ。
だけど今は彼女から聞かれたことに答えないと。ええと、現実の声は何だったっけ。ああ、「何をじろじろ見ている。私の顔になにかついてるか?」だ。
「いいえ。申し訳ございません」と何とか返事をして《あああああ!イケボすぎん!?耳が溶けますが!!》という絶叫とともに自分の足に目を落としたら、彼女の心の声は聞こえなくなった。僕が相手の心の声を聞くには、相手と目を合わせるか、相手の身体に触れる必要があるから。
「ふん、なら見るな」
「はい」
こっちだってこれ以上あんなセリフを聞かされたら、普通の表情でいられる自信がない。この女王は、心の中であんなセリフをまくしたてながら、どうして表情ひとつ崩さずにいられるのだろう。
これは…まいったぞ。
この密室でテム王国まで二週間、僕は耐えられるだろうか。
ーーー
テム王国への移動を始めて五日目。
僕はできるだけ女王の目を見ず、身体にも触れないようにして過ごしている。
うっかり目を合わせてしまうと、彼女の《そのすみれ色の瞳が尊くて神》から始まるセリフを聞くことになって、赤面しないほうが難しい。今までに《彫刻レベルの美!世界に見つかれ》《この顔を貨幣に刻むべきでは?》などのバリエーションを聞いた。
それに「コップの受け渡し」など何かの調子にほんの少しでも身体に触れてしまうと、《触れたところは一生洗わない!》と大声で宣言されてしまう。さすがに衛生の面からも洗ってほしいので、できるだけ触れないほうがいいだろう。
それにしても彼女は、本当にその残虐さでお馴染みの「テムの赤猪」なのだろうか。
パブリックイメージと内心が全く合わないし、見せている表情と内心も全く合わない。僕が今まで関わって来た人間なんて数少ないけれど、ここまで表情と内心が乖離している人はいなかった。
眉間にしわを寄せながらそう考えていると、馬車の中に鋭い声が飛ぶ。
「おいっ!」
「はっ…はい!」
「何か隠してないか」
彼女の表情を見るに、僕がウエスパシアから秘密裏に何か持ち込もうとしているのではなどと疑われているのだろうか。しかし僕は結婚を承諾した翌日に皇宮から連れ出されているのだから、持ち込むものを準備する暇もないわけで。
「と、言いますと…?」
聞き返すと、うっかり女王と目が合ってしまう。できるだけ見ないように心掛けていても、どうもこの澄んだ緑の目には、引力のようなものがある。
《険しい顔して、気分が悪いの?疲れ?それとも馬車で酔った?ずっと離宮にいたんだもん、移動疲れるよね。不都合とか不便とか希望があるなら、全部隠さず教えて》
そういうことか。言い方が怖いから条件反射で怯えてしまうけれど、心配してくれていたようだ。
《たまには馬に乗ったほうが気分転換にもなるかもしれないし、提案したほうがいいか…なああああ!?見てる、アルヴィンが私を見てる!目が合うだけでこんなにドキドキしちゃって、私って心臓発作で死ぬ?いや死んでもいい、むしろ名誉の死であろう。皆のもの、愛に殉じた戦士を讃えよ》
女王の心臓を発作から守るために、僕は目を伏せた。
「何も隠しておりません」
「何か隠していたとあとからわかったら、腕を折る」
「えっ…?」
物騒な言葉に、ついまた女王の目を見てしまう。
《違う違う違う!なんでそんなこと言うの私の馬鹿!口癖が暴力的すぎて馬鹿!絶対怖がらせた…おわた…もう目を合わせてもらえないでしょうね…自分最低…むしろ私の腕を折るべし》
「怖くありません」と言いたいけれど、そう言うと心の声を読めることがバレてしまう。そうなると今は僕に好感を抱いて心配してくれているらしい彼女も、きっと僕のことを気味悪く思うだろう。
僕の家族がそうだったように。
だから僕は彼女と目を合わせない。
…嫌われたくない。




