2 脳内爆裂乙女
父に返事を書いたのが、つい昨日のこと。
そして今日、僕は何年かぶりに足を踏み入れた皇帝宮の玉座の間で、テム王国の女王と対面していた。
動くたびにカチャカチャと音がする銀の鎧に、濃い青色のマント。「赤猪」の由来なのだろう、火を凝縮したような赤毛。澄んだ緑の目は鋭い。
後ろに髭面の大男二人が立っていることもあって鎧姿でも小柄な体格が目立つか、威圧感に満ち溢れた女性だ。
これが死線を超えてきた人間だけが纏える、覇気というものなのだろうか。
あまりの迫力に、彼女が現れるまでは「戦場で人間の血をすすって生きる獣が、ウエスパシア皇族との結婚を望むとは無礼千万」と息巻いていた大臣たちが、口をつぐむしかなくなる。
僕は父に顎で合図されて、進み出た。
「テム王国の猛き女王陛下にご挨拶申し上げます。ウエスパシア帝国の第三皇子、アルヴィン・ヘリオス・ウエスパシアにございます」
「…ああ」
答えはそっけないし、目も合わせてくれない。
「テムの女王よ、婚礼はいつ執り行うおつもりか。ウエスパシアとテムの友情をより確かなものにするには、できるだけ早いほうがいいと思うのだが」と父が声をかけた。
目を見なくてもわかる。父の本心は「この気味の悪い息子を、早く目と手の届かない遠くに連れて行ってくれ」だ。
女王は間髪入れずにこう答えた。
「皇子は今日このままテムに連れていく。貴殿らはただここで我々二人の門出を祝っておればよい」
思わず父も僕も「え?」と間抜けな声を出す。
「すべてこちらで準備する。皇子は身一つで来ればよいから、何も問題なかろう」
だとしても、今日これから連れて行くだなんて早すぎる。父も兄も、あんぐりと口を開けている。
「なんだ。できるだけ早いほうがいいというのは、貴殿たちお得意の建前か?」
「い、いや…っ!そういうことではないが…しかし、本当に何も準備しなくてよろしいのか?結婚式だとか…」
「テムでは結婚式などという無駄な儀式は行わぬ。なるべく早くテムへ帰り、家臣も兵も休ませたいし、再度皇子を迎えに来るのも手間なのでな」
「ならば…こちらに異議はない」
あっさりと父と女王の間で話し合いがまとまってしまった。
女王が僕のほうも見ずに聞く。
「皇子に異存はないか?」
ビリビリと空気が震えるほどの威厳。
異存があったところで、この雰囲気で言えるわけもない。頭を下げて「ございません」と答える以外、僕に何ができただろう。
「…では行くぞ」
そう言った女王の声が、ほんの少しだけ震えている。
「…?」
違和感を抱いて女王の顔を見ようとしたら、もう彼女はくるりと踵を返して、すたすたと歩き始めていた。
「ぼさっとしてないで、早くついてこい!」
「は…はい!」
家族が戸惑いながらも安堵しているのを背中で感じながら玉座の間を出、息を切らして女王についていき、分厚い毛皮の敷かれた馬車に乗りこむと同時に、ガチャリと扉が閉まる。
もう後戻りはできない。
ーーー
密室となった馬車の中、向かいに座る「赤猪」ことテム女王フレイアは、不機嫌そうに腕を組んで視線を窓の外へ向けている。横顔からは、彼女が纏う威圧感とは正反対の、爽やかで甘い香りが漂う。
何か話したほうがいいような気もするが、下手に話しかけて機嫌を損ね、いきなり殺されるのも嫌だ。いくら相手の心が読めても、馬車という密室では剣を避けようがない。
と、女王は不機嫌そうな顔のまま、こちらを見た。
「何をじろじろ見ている。私の顔になにかついてるか?」
目が合う。「まずい」と思ったその瞬間、彼女の心の声が頭の中に響いた。
《ああああああ!ついに目を見ちゃったやばみ!っていうかアルヴィンに見られてるとかやばすぎる!!》
…やばみ?
女王は少しだけ腕組みをきつくした。
《そのすみれ色の目まじできれいすぎて宝石レベル!レべチすぎて無理無理無理無理尊い無理!!!語彙力迷子になる!っていうか私の顔今どうなってる?崩れてないよね?大丈夫だよね?》
…無理、尊い、無理??
女王の眉間の皺はますます深くなる。
《ますますかっこよくなっちゃって!成長期ありがとう!ってか結婚ありがとう!ダメもとで講和条件出してみたら通るとかいう奇跡としか言いようのない出来事が本当にあってもいいんでしょうか神様?幸運使い果たして私は明日死にますか?帰ったら神殿に重課金するんでもう少しアルヴィンと過ごさせてください!》
…重…課金???
僕は一体、何を聞かされているんだろう。




