1 嫌われ皇子の婿入り
「赤猪と結婚しろ」
離宮に届いた、父…つまりウエスパシア皇帝からの手紙には、そうあった。
「離宮とはいえ皇宮の敷地内にあるのだから、手紙を届けさせるよりも自分で来たほうが早いのに」と思うが、僕を気味悪く思っている父が、ここに来るはずもない。《《僕に心を読まれたくはないだろうし。》》
僕が「家族にも会えないほどの重い病気」だと聞かされている侍従は、《早く返事をもらって、ここから出て帰りたい。私も感染してしまうかもしれないじゃないか》と怯えている。
侍従には申し訳ないが、今は手紙の内容のほうが大事で、気遣う余裕がない。気遣ったところで、僕に話しかけられるのは嫌だろうし。
「赤猪」とは、本物の獣のことではない。
「テム王国の女王陛下か…」
冬が終わると同時に、ウエスパシア帝国は属国のテム王国に攻め込まれた。「軍役が重すぎる」「帝国に貸した人員が帰ってこない」という理由で。
完全に油断していた帝国軍はなすすべもなく、テム王国の騎兵たちはあっという間に帝都まで迫った。
離宮に軟禁状態の僕には推測しかできないが、おそらくは講和条件のひとつが「ウエスパシア帝国の皇族を、テム王国女王の婿にする」だったのだろう。
圧倒的な軍事力をもち恐れられると同時に、騎馬民族由来であることから「蛮族の国」と蔑まれてきたテム王国。ウエスパシアとの臣従関係を解消して独立したとて、ウエスパシアからも周辺国からも下に見られる状況は大して変わらないはず。
となると、この機に「神が建てた国」に起源をもつウエスパシア帝国の皇族を取り込むことは、自国に箔をつけるための有効な手立てだ。
「つまりは種馬」
ウエスパシア帝国には皇子が四人いるが、選択肢は三男である僕アルヴィン一択。
長男コンラートは皇太子で既婚だし、次兄ヴォルフラムには婚約者がいる。異母弟フーベルトには会ったことがないが、彼はまだ幼過ぎる。
「差し出すなら嫌われ者の僕だ。いい厄介払いになるし」
それに、鏡に映る僕の顔。
濃い金髪とすみれ色の目は、僕がウエスパシアの皇族である何よりの証拠だ。この十何年間離宮で隔離生活を送っていて、公式な場には一切顔を見せない皇子でも、この髪と目の色なら誰にも文句は言われないはずだ。
「僕以外の全員にとって、僕は最も都合がいいわけだ」
断れば人質を出せない代わりに賠償金の額が増える。女王が怒って帝都を焼き払うことも考えられる。。
テムが属国でなくなるうえ、同盟国にすらなってくれなければ、脅威も増える。
その被害を受けるのは、いつだって、まず民だ。
「僕を差し出すことで丸くおさまるなら、行くしかない」
そう覚悟したら、ようやく心臓が激しく音を立て始める。
「ああ…それにしてもテムの女王陛下だなんて」
だって彼女は女性でありながら「赤猪」の異名をとるくらいに勇猛果敢。
「斬り落とした敵の首を槍の先端に刺し、笑いながら行進する」「降伏した敵を生き埋めにしながら茶を飲む」など、戦場での苛烈さで知られており、「村人の茶の出し方が悪いと言って、村ひとつ焼き払ってしまった」「気分次第で、部下を数十人規模でいきなり粛清する」という話もあるくらいだ。
自分が、そんな恐ろしい女性に婿入りするとは。
自分に付き従ってきた部下を急に粛清するくらいなのだから、敗戦国かつ元宗主国の皇子など、話し方や身のこなし方ひとつで、あっさりと首を飛ばしかねない。
すぐに殺されることはなくても、種馬の役目が終わったら…
僕はぶるっと身体を震わせた。
「考えても仕方ない」
行くしかないのだから、行くまでだ。
僕は身体の震えを抑えるようにふっと息を吐いて、「謹んでお受けする」という返事を書き、侍従に渡した。
「一生ここに閉じ込められて暮らすと思っていたのに、生きてここから出られるんだ。外で生きられるのは短い時間かもしれないけど…それだけでもよかったじゃないか」
このときの僕はまだ知らなかった。
《ああああああ!ついに目を見ちゃったやばみ!っていうかアルヴィンに見られてるとかやばすぎる!!》
《そのすみれ色の目まじできれいすぎて宝石レベル!レべチすぎて無理無理無理無理尊い無理!!!っていうか私の顔今どうなってる?崩れてないよね?大丈夫だよね?》
赤猪と恐れられる女王の心の声が、騒がしすぎる乙女の叫びだなんて。




