40 聞こえる
終わりだ。
どうしてこんなときになって、ようやくわかるんだろう。どうしようもないくらい、愛してるって。そばにいたいって。
フレイア…
「アルヴィン、伏せろ!」
反射的にその声に反応して地面に伏せた瞬間に、ジークがどさりと地面に倒れた。
怖々顔を上げると、火のような髪と鋭い緑の瞳が目に入る。息を切らして、返り血を浴びて…
「…フ…レイア?」
信じられなくて、それ以外何も言えない。どうしてここに。
彼女の剣の切っ先から、ぽたりと血が落ちる。
「アルヴィン、大丈夫か?」
「う…うん…」
「止血しろ。痛くても強く押さえるんだ」と服を切り裂いて脚の素早く傷に巻いてくれる手から、心の声が流れ込んでくる。
《まじでよかった、間に合って…敵は?あと五人。よくわかんないけど仲間割れで疲れてそうだから、なんとかなるか。そしてここで私がばっちばちにいいところを見せれば、吊り橋効果でアルヴィンと私の距離は急速に近づいて超絶ラブラブになれる世界線なり!リトを帰らせて正解だったなあ…またあいつにこの世界で何より貴重で尊い「アルヴィンからの感謝」を横取りされるとか我慢ならないかんね!》
深刻な状況のはずなのに、フレイアの煩悩が強すぎる。あまりに場違いな心の声に、なんだか気が抜けてしまう。
僕も、こんな状況で「会いたかった」なんて考えてしまうのだから、フレイアのことはどうこう言えないけれど。
だけどフレイアの頭の中がお花畑だと知らないエーリヒたちは、じりっと後ずさりした。
「テムの赤猪…!?」
「いかにも。夫を追ってきたはずが、ウエスパシアの騎士がお互いに斬り合っているところに遭遇するとは状況が飲み込めんが…」
フレイアはゆらっと騎士たちを睨んだ。
「夫が襲われたのだから、とりあえず殺していいよな?」
騎士たちが反論する間も弁解する間もなく、フレイアは「相棒」と呼ぶ剣を振るう。ばたばたと騎士たちが倒れていき、最後まで抵抗していたエーリヒも、ついにフレイアに組み敷かれて喉元に剣を突き立てられた。
フレイアは息を整えて、丁寧に剣についた血を噴きとる。
「終わった」
「…うん」
夕暮れの中、累々と転がる屍の前に立って、緑の目がこちらを見た。
《終わったはいいけど、どうしよ?》
「…?」
《ええと、何て言ったらいい?シンプルに謝罪も含めて「悪かった、一緒に帰ろう」?いや威圧的に「ぼさっとしてないでついてこい」でまとめる?それとも「脚を怪我してるな、おぶってやる」でさりげない思いやりを見せる系?》
どの選択肢でも、彼女と一緒に帰ることになる。
どうして?
彼女は僕の能力が気味悪くないのだろうか。
それとも、父や兄と同じように僕の利用価値に気付いたのかもしれない。ああそうだ、そっちのほうが現実的だ。
でも彼女が僕に利用価値を見出したなら、前のように愛されないとしても、そばにはいられる…
彼女になら、利用されても構わない。
「フレイア」
「なんだ」
僕は頭を下げる。彼女の気が変わらないうちに、約束をとりつけないと。
「…僕を…僕をテムに…君のそばにいさせてください。どうか」
フレイアは言葉に詰まった。
「…本気で、言ってるのか?」
「うん。住む場所は離れでも倉庫でも何でもいい。僕の能力が必要なら、拷問でも偽情報の流布でも、どんな汚い仕事でもするから…」
「…アルヴィン、誤解があるようだ」
《心を読む能力を利用したくて連れて帰るわけじゃない!誤解を解くためには、イチから全部説明したほうがいいよね?でもだがしかし!私がウィナとアルヴィンの浮気を疑って、嫉妬に狂って一人で暴れて、アルヴィンにひどい態度をとって追い出したせいで、ウエスパシアの騎士に襲われるとかいう謎に危険な目にあわせてしまったという顛末を説明しろと!?この超絶罪深すぎる過ちを世界で一番大切な人に告白しろと!?そんなことしたら私が彼に愛想を尽かされてしまうのでは!?ああ神よ、どうして私にこんな試練をお与えになるのですか?課金が足りませんでしたか?》
待ってくれ。僕を追い出したのは浮気を疑ったからであって、能力は関係なかったのか?
《それから…これも言わなきゃ。一番大事なこと。「能力があってもなくても、私はアルヴィンのことを愛してて、全部受け入れる」って。ああちょっと待って、話の組み立てができないんだけど何からどう言えばいいの…》
どくんと心臓が大きな音を立てた。
《能力があっても、愛してる》って?
《って言うか、アルヴィンには心の声が聞こえるなら、今私が考えてたこと、もしかして全部…》
「…聞こえてるよ」




