39 自分の戦い方
僕はエーリヒのうしろで所在なげに身体を動かした騎士の目を見つめた。
《大丈夫だ、あのことは誰も知らない。誰にも見られないようにしてるんだから…》
そんなことは関係ない。「秘密」と言われた時点で、もう心に思い浮かべてしまっているのだから。
「ジークという隊員の奥方と浮気しているのですね。今彼女が身ごもっているのは、夫の子ではなくあなたの子」
騎士の顔色がさっと変わる。
「ど…どうしてそれを…」
「マティアス!お前どういうことだ!俺の妻と…サビナとだって!?」
けれど寝取られた側のジークにも、後ろ暗いところがある。
「ジークは騎士団の物品を盗み出して売っています」
「…!?」
エーリヒが「懲戒解雇だぞ!」とジークに怒鳴る。
僕はそのエーリヒに目を向けた。彼の秘密は…今ここで口に出せるものではないが、交渉のカードにもなり得る。僕の目に映った戸惑いと迷いを見て、エーリヒは僕の力を信じ、自分の秘密が知られたと気づいた。
「…エーリヒ、あなたの秘密は誰にも言いません。だから僕をこのまま見逃してください。僕を連れて帰ったらあなたは…」
処刑だ。軍事機密を敵国に流すなんて。
《どうする?言われた通りに皇子を見逃すか?いや、そうすれば部下たちは俺が「陛下の命令に背かざるを得ないほどの秘密」を抱えていることを悟る。ならば…》
エーリヒはぎりっと歯を噛んだ。
《皇子を殺したあとで部下も全員殺すのが確実》
「秘密を守りたいなら皇子を殺せ!」
交渉できなかった。なら、逃げるしかない。僕はローグの手綱を強く引いて、腹を蹴る。
「全速力だ、ローグ!」
けれど相手は十分に訓練された騎士と馬たちだ。数も多い。バテ気味のローグとまだ馬術が拙い僕は、少しずつ差を詰められる。
ローグの息が荒くなってきて、僕はそっと手綱を引いた。
《なんで?》
「僕は降りる。君だけで逃げな」
《主人を捨てるとか、馬がすたるよ。お断り》
「ありがたいけど、分が悪すぎる。彼らの狙いは僕だから、君まで巻き添えになることはない。ナビのところに帰ってあげて」
待っていてくれる人…馬がいるのは、幸せなことだ。僕にはいないけど、ローグにはいる。
だから僕はローグから降り、剣を抜いて、ローグのお尻を思いきり叩いた。ローグが駆けだす。
騎士は十数人。まともに相手して勝てる状況じゃないけど、ほんの少しでも希望を見出せるならば。
「皆さん!エーリヒは軍事機密を打って敵国に売っています!」
エーリヒの表情が青く険しくなり、騎士たちは僕の言葉が真実だと悟る。
「アレンシアの合戦でウエスパシア軍が待ち伏せされて負けたのも、タチアナ砦がキヨウ族に急襲されたのもエーリヒの手引きです」
騎士たちの顔に憎悪が浮かぶ。アレンシアでもタチアナ砦でも、ウエスパシア側には多くの死傷者が出た。
「バレればエーリヒは処刑を免れません。だから僕を殺したあとに皆さんのことも殺して、自分の罪を隠し通すつもりです」
どうか、仲間割れしてくれ。
「主任…仲間を売るなんて!アレンシアで弟が…お前のせいで死んだんだ!」
一人の騎士がエーリヒに斬りかかり、斬り伏せられる。リーダーの裏切りに、騎士たちは共同戦線を張る。騎士たちが殺し合いをしているところから、僕はそうっと後ずさって離れて、走り出して…
「待て」
軍の物資を横流ししているジーク。
《仲間割れもいいが、とにかくこいつは殺さないと》
歯を食いしばってジークの剣を押し返し、彼の心の声に合わせて剣を出して防ぐ。それでも上背のある相手に対しては防戦一方になるしかなくて、傷が増え、血が流れ、腕が痺れてくる。
太ももを斬られて膝をつき、そして…剣をはじかれた。
剣が地面に落ちて、からりと乾いた音がする。
…終わりだ。
本当に、ここで。
もう二度と会えなくなるなら、どうして一度でも言葉にできなかったんだろう。
「フレイア、僕も好きだよ」って。
どうしてこんなときになって、ようやくわかるんだろう。どうしようもないくらい、愛してるって。そばにいたいって。
フレイア…
「アルヴィン、伏せろ!」




