37 すれ違いの正体
私はアルヴィンが見えなくなるまで神殿の前で手を振った。
「私の心の兄弟に、神のご加護を。私があなたの幸せを祈っていること、どうか忘れないで」
《ウィナ…僕、幸せになんてなれるのかな》
アルヴィンのその問いには、答えられなかった。えぐられた心の傷は、いつまでも付きまとうから。
一羽の鷹が彼の後を追うように、空を滑っていく。
「フレイアの鷹…」
彼の後をつけている騎士に、何かしらフレイアの指示を伝えるのだろう。
私はぎりっと歯を鳴らした。
あんなに溺愛して彼に希望を与えておきながら、彼の能力を知ってあっさり態度を変えてどん底に突き落とし、身ひとつで追い出しておいてどこに行くかは把握しておきたいの?
なんて勝手な人なのかしら。そんな人だとは思っていなかった。
私が知っているフレイアは、いつだって自分より周りを優先していた。
アルヴィンをウエスパシアの離宮から助け出したいと願いながらも、「自分の我が儘で仲間たちに犠牲を強いることになる」と悩みに悩んで、大義名分を得てからようやく動き出した。
アルヴィンと結婚するかどうかも、「彼に結婚を無理強いするのは良くない」と散々悩んで、「単なる人質だと返還を求められるかも」という意見を汲んでようやく決心した。
そしていつもアルヴィンのことを考えて、ひたすら彼を愛していたのに。だから「彼女ならきっとアルヴィンを幸せにしてくれる」と思ったのに。
私たちの能力は、そんなに忌むべきもの?
考えが暴れ出して二度寝するなんて到底無理で、私はそのまま定例の礼拝に出た。
最前列に素知らぬ様子で座っているいつもの顔を見たら、もう我慢できなくなる。
彼女を胸倉を掴む。
「フレイア…!よく平気な顔してここに来られるわね」
慈愛に満ちた大神官の顔をしてなきゃいけないのに、どうしても「弟をひどい目に遭わされた姉」になってしまう。他の神官が止めに入るけど、知ったこっちゃない。礼拝なんてやってる場合じゃない。
「あなた、自分がどれだけひどいことをしたかわかってる!?」
「よくわかってる」
《アルヴィンの気持ちを無視して結婚したことは、罪でしかない》
そうじゃない。
今私が言ってるのは、あなたが彼の苦しみを受け入れなかったこと。危険な能力をもっていても、彼自身は善良な人間なのに、あなたがそう信じなかったこと。あなたに希望を見出していた彼を、踏みにじって捨てたこと。
「全然わかってない!アルヴィンが…アルヴィンと私がどんな気持ちで…!」
彼が今、どんな気持ちで馬を駆っているのか、あなたにはわからないでしょ?そして私がどれだけ怒っているのかも、わからないんでしょ?
「お前たちの気持ち?してやったり、だろう」
「何言ってるの!?私たちが感じてるのは、あなたに裏切られた絶望よ!」
「私に裏切られた…?裏切ったのはお前たちだろう!テラスでこそこそ…二人で私を…!」
《おいおい、修羅場?》《どういうことだ?》《大神官が王配と不倫とか?》という心の声が礼拝室に充満する。
どういうこと?私はフレイアの胸倉を掴んでいた手を離した。
「私とアルヴィンが、フレイアを裏切ったって…?」
《なにそれ。この期に及んで白々しい。みんなの前では清廉な大神官様でいたいって?》
「…ねえ答えて!浮気されたと思って、アルヴィンを追い出したの?」
「追い出したのではなく、お前のもとに送り出してやったんだ」
「二人で幸せにな」という言葉に、眩暈がする。
「私たちは浮気なんてしてない…」
「しらばっくれるな。だったらなぜアルヴィンは城から逃げて、まず神殿に来たんだ。門の前でお前たちが抱き合って別れたことを、私が知らないとでも?」
「誤解させたのは謝るけど本当に浮気じゃない!アルヴィンが逃げたのは能力のせいよ!」
《能力って、何のこと?》
「嘘でしょ?」
…なんてこと。フレイアはアルヴィンの能力にまだ気づいてない。
「能力に気付かれて拒絶された」っていうのは、アルヴィンの勘違いだったんだ。
「ウィナ、能力って何のことだ!?」
私が答える前に、フレイアの緑の目が見開かれた。
《もしかして…アルヴィンが家族に冷遇されてきた理由?アルヴィンが私に言えなかったこと?》
「彼はあなたに…隠してきた能力がバレたと思い込んだ。そのせいであなたが自分を拒絶したんだと思って、私のところに逃げてきたの」
「…だとしても、なんでお前のところに逃げる?それに、なぜお前は私も知らないアルヴィンの能力について知っている?それこそ、お前がアルヴィンと親密な証拠だろう」
「違うわ…私が…私が彼の能力について知ってるのは…」
私はぎゅっと自分の胸を掴んだ。怖い。
だけど信じてもらうためには、言わなくては。
「…私も、彼と同じ力を持ってるからよ」




