36 出奔
眠そうにしているローグに頼んで、乗せてもらう。
《ここを出てくって?僕は行きたくないだけど?》
「頼むよ。君しか頼れないんだ」
《まあ…僕は君の馬だからね。でも君だって本当は行きたくないんでしょ。なんでわざわざ自分から出てくのさ》
「仕方ないんだ。人の心を勝手に覗くような化け物に、居場所なんてないから」
《化け物ってもっと毒々しいんじゃないの?まあいいけど…どこに行くの?》
「ひとまず大神殿に」
最初はライゼン城での生活を思い出して、カイを頼ろうと思った。けれどフレイアに僕の能力が知られてしまった以上、カイにも遅かれ早かれ情報は入るだろう。僕を認めてくれたカイに冷たい目で見られることを想像したら、助けを求める気にはなれなかった。
じゃあルピやセグは?
彼らも同じだ。僕の能力を知ったら気持ち悪く思うだろう。また「うざ」と言われてしまうかも知れない。それにルピやセグにはカイほどの力はない。僕が彼らを頼ったところで、迷惑をかけて困らせるだけだ。
頼れるのはもうウィナしかいなかった。
必死にテムに馴染もうとして、それなりに信頼を得てきたと思っていたのに、結局困ったときに頼れるのは、数時間前に出逢ったばかりの「同類」しかいないなんて。
城を出る瞬間、見ないと決めていたのに、つい目が僕たちの…フレイアの寝室に向く。
もし彼女が窓から見ていてくれたら…「断りもなくどこへ行くつもりだ」と怒鳴ってくれたなら…
だけど窓辺には人影なんてない。
「…そうだよな」
僕はローグの腹を軽く蹴って、走り出した。
ーーー
「こんな時間に一体どうしたの、アルヴィン!?」
神殿に着いて当直の騎士に「どうしても大神官様にお会いしたい。秘密を知られてしまったと伝えれば、会って下さるはず」と告げると、寝間着姿のウィナが息を切らして駆けてきた。
「フレイアに知られたんだ」
《あなたの能力を?》
「そう」
ウィナはごくりと唾を飲んだ。
「それで…?」
《彼女…受けて入れてくれなかったの?》と心配そうに心の声が聞く。
僕は小さく頷いた。
「部屋を壊して暴れて…顔も見たくないから出ていけって…」
「まさかそんな…!だって彼女はあんなにあなたのことを…!嘘でしょう?」
「心を読んでよ。本当だってわかるでしょ?」
認めたくないけれど、本当なんだ。
僕は彼女を失ってしまった。永遠に。彼女はもう顔もあわせてくれない。
泣きたくなんてないのに、泣いてもどうしようもないのに、涙が溢れてくる。
「ああ、アルヴィン…なんてことかしら」
ウィナが抱きしめてくれる。
同類だからこそわかる、この絶望。愛してくれていた人を失ったあとの、底深い闇。
二人だからこそ共有できるお互いの悲しみが、身体を貫く。
《フレイアなら受け入れてくれると思ったのに、どうしてなの…》
僕は首を振った。
仕方ない。誰だって心の中を勝手に読まれたら怒るはずだ。
「僕には、もう…行く場所がないんだ。頼れる人も君しかいない。どうしたらいいか…わからなくて…」
「ここで守ってあげたいけど、ここにいたらまたフレイアに会うわ。そうなるとあなたも辛いでしょう」
《アルヴィンの能力が公になれば、彼を利用しようとする連中が出てこないとも限らない。どうしたらいいかしら》とウィナは考えを巡らせ始めて、「レディオン…」と呟いた。
「…レディオン?」
「前大神官レディオン。引退して、辺境の町で暮らしているの。彼ならきっとあなたを受け入れてくれるわ」
「…わかった」
「彼にあなたのことを頼む手紙を書くから、持っていって」
ウィナは手紙をしたため、食糧庫を開けて保存食と水を持たせてくれた。
「この実はすこし硬いけど、栄養価が高いわ。それから…薬もいるわね」
「ウィナ…」
ようやく仲間に会えたのに、彼女と会うのは、これが最後になるかもしれない。
《寂しいわ》
「僕もだよ」
神殿の門の前で、僕たちは別れの抱擁を交わす。彼女が僕の頬を手で挟んだ。
「どうか元気で、アルヴィン。彼はきっとあなたのことも導いてくれるわ」
「ああ」
額と額が触れる。「姉って、もしかしてこんなものなのかな」なんて思う。
「私の心の兄弟に、神のご加護を。私があなたの幸せを祈っていること、どうか忘れないで」
「…ありがとう」
朝焼けの中、ウィナは僕が見えなくなるまで、門の前で見送ってくれた。




