30 熱
披露宴当日、僕は朝練だけで早退させてもらった。着替えなどの準備があるからだ。
「旦那、今日くらい休めばいいのに」とケシが呆れた顔をする。
「一日休むと三日動かないといけなくなるって言ったのはケシでしょ?」
「そうだが」
それにもう、「負荷をかけないと落ち着かない身体」に作り変えられてしまっている。
「湯あみして着替えて…」
そう呟きながら早足で部屋に戻ると、扉の前で針子のジェンが楽しそうに目配せした。フレイアが着替えているのか。
「まだ入らないほうがいい?」
「ううん、今終わったとこだから見てあげて。すっごく綺麗だよ」
ジェンが「旦那様のお成ーりー!」と大袈裟に声をあげて、鏡の前にいたフレイアが振り返った。
「アルヴィン…」
「…!!」
ベアトップタイプだった緑のドレスに、繊細な金色のレースが追加されて首周りと腕が隠れている。
傷はあるのかないのかわからないほど目立たず、程よく肌が隠れて上品で、程よく肌が透けてなんとも扇情的…
だめだ!
変なことを考えるな、アルヴィン!
《どう…かな?傷は目立たないけど…変じゃない?》
不安そうに聞いてくる彼女の心の声に、新郎として凛々しく爽やかに答えなくては。
「すごく似合ってる。綺麗だよ、フレイア」
《なにこのぎこちない感じ…似合ってないのかな、やっぱり。自分で見たときは本当に絵本の中のお姫様になったみたいに感じてテンション上がっちゃったけど、アルヴィンから見たら変なのかも…だってドレスなんてもう十何年も着てないし…》
違う。本当に綺麗なんだ。ただ僕も緊張しているだけだ。
「本当に綺麗だよ」
「…無理するな」
「本当だって」
「似合ってないのはわかってる」
フレイアと押し問答している僕に、ジェンたちが何か身振り手振りと口の形で伝えようとしている。
「…?」
心を読んだほうが早いと気づく。
《緑のドレスに金色のレースの意・味!旦那が提案したって言うんだよ!》
《今!ここで!教えないでどうすんのさ、このすっとこどっこいが!初心者なのかい!》
…そういうことか。
「フレイア、そのドレスを提案したのは僕なんだ。君の色に僕の色を重ねてみてほしいって、みんなに頼んだんだ」
「え…?」
「君に金色を着てほしかったし、僕も見てみたくて。だからすごく嬉しい」
《そうそう!もう一押し!そこで耳に口をつけて、トドメの一言をどうぞ!!》
「こう?」と目でジェンに聞きながら、僕はフレイアの耳に口を寄せる。甘くて爽やかな彼女の香りが、僕をちくりと刺激する。
「僕の色を着ている君は、最高に綺麗だよ。フレイア」
《…っ》
フレイアの思考が真っ白になって、「んん…」という何かを我慢しているような、泣き出しそうな、いつもより少し高い現実の声が漏れる。
声が、可愛い。
《…私の思考力よ全速力で戻ってこい。っていうか今の台詞と耳にかかる息の破壊力どない。なんなのこのアルヴィン、心臓に悪すぎて最高なんですが夢ですか?なんかふわふわして…どうしたらいい…?何が正解?わかんないよ…》
思考も、可愛い。
全部、可愛い。
身体が熱くなってくる。
すぐ目の前にいるフレイアが、あまりにも可愛すぎる。
戦場を駆け回り恐れられる赤猪が、こんなに可愛い女性だと知っているのは僕だけだ。
そして彼女の潤んだ緑の瞳が求めるのも、僕だけなんだ。
「フレイア」
名前を呼んだ声は、自分でも驚くほど低くて熱っぽかった。
もう、この熱に耐えられない。この前は我慢できたのに、今日はもう無理だ。
《な、なにそのイケボ…ちょま、近い近い近い!》
そのまま、気づけば彼女の顎と背中に手が伸びてしまっていて、唇と唇が触れた。
熱い。
熱くて熱くて、彼女に僕の熱を移したい。そうしないと、本当に熱が出そうだから。
《え…キス…してるの!?なにこれ現実?待って、本当に待って、一回深呼吸して状況整理させて》
「アルヴィン、ま、待って…」
高くて甘えたような声に、僕の熱は加速する。
それにフレイアは「待って」と僕の胸を押すけど、本気じゃない。彼女が本気を出したらカイは宙を舞うし、馬車も壊れるんだから。
だから僕は彼女を逃がさない。
「逃げないで、フレイア」
また唇が触れる。熱が甘さに変わる。もっと欲しい。欲しくてたまらない。
「ん…う…待って、お願い…」
「…無理」
フレイアが可愛いのが悪い。
《私も無理なんだってば!》
「だから待て…と…」
「…言ってるだろうが!」という声とともに、頬に強烈な衝撃が走った。
張り倒された僕を、真っ赤な顔のままフレイアが睨んでいる。
「いきなりキッ…こんなことするとか…死ね!!」
《私も嬉しすぎて死ぬ!!》




