29 僕の色のドレス
フレイアの頬に触るのをやめて数日。僕はルピに「お互いが起きていると認識している状態での、自然なスキンシップのきっかけ」を聞きたくても聞けないまま、悶々と日々を過ごしている。
「旦那!ちょうどいいところに。ちょっと顔貸しとくれよ」とハンリネ婆に声をかけられた。ジュリネ婆の双子の姉で、メイド頭。ジュリネ婆と双璧を成す、アンデ城の重鎮だ。
彼女は「五十年以上城で働いているのに、ジュリネ婆とあまりにそっくりなので見分けてもらえないこと」を常々不満に思っているのだが、心の声が聞こえる僕は当然彼女たちを見分けることができるため、彼女から「違いのわかる男」という評価を得た。
そんなわけで、ジュリネ婆に加えてハンリネ婆も僕を可愛がってくれている。この二人が味方になったことで、僕のアンデ城での立場が良くなっていることは言うまでもない。
「何の話?」
「決まってんだろ。披露宴でフレイアが着るドレスだよ」
テム王国では「神の前で永遠の愛を誓う」といった儀式は行われない。当人同士が合意して一緒に暮らせば、それで結婚成立だ。
ただ結婚したことを親しい人達に知らせる「披露宴」という宴は大々的に開催されるらしい。賑やかな宴が大好きな、テム王国の人達らしいと言えるだろう。
「なぜ結婚してから披露宴まで半年以上も間が空くのか」と聞いたら、「勢いで結婚してすぐ離婚する夫婦も多いので、冷静になる時期まで続いていたら披露宴をする」という回答だった。これも情熱的なテムらしいと言えば、らしい。
そしてハンリネ婆は、その披露宴でフレイアが身につける衣装について悩んでいるというわけだ。
「試着したドレスを全部”似合わない””こんなの着られない”ってボツにしちまうのさ。挙句に”鎧で出る”なんて言うんだよ。晴れの日に鎧姿だなんてぞっとするね」
衣装室で意気消沈している針子たちに今ある候補を見せてもらったら、どれも手の込んだ見事なドレスばかりだった。これが全部ボツになってしまったのなら、このどんよりした雰囲気も納得できる。
「どれも芸術品のように見事だね」
「そうでしょ?本当に頑張ったんだから、全員で!」
でもこのドレスでは、フレイアが着ようとしないのもわかる。
だって、肌が出過ぎている。彼女は自分の身体に傷が多いことを気にしているのだから、露出度の高いドレスを嫌がるのは当然だ。
「でもこれじゃ肌が…」
言いかけて、僕は口をつぐんだ。
…言っていいのだろうか。僕もここにいる女性たちも、彼女の傷など気にしない。
ただ、子どものころドレスが大好きだった彼女に、綺麗なドレスを着てほしいだけだ。
だけど彼女が誰にも「傷を気にしている」と打ち明けないのは、勇猛果敢な「赤猪」のイメージを守るためなのかもしれない。
僕の一言で、彼女が守ろうとしている「女王像」を壊してしまうかもしれない。
僕が踏み込んでいいことじゃないかもしれない。
「肌…?」
針子の声で、僕ははっと顔を上げた。
「ええと…!肌を出すのは慣れてないみたいだから、長袖にして、背中も首もできるだけ隠れるようにするといいと思う」
針子たちはぽかんを僕を見つめる。
《披露宴で長袖とかださくね?絶対やりたくないんだが》
《テムの晴れ着は肌出してなんぼ!》
「でもあの…オーガンジーとかレースにしたら、長袖でも重くならないと思うし…」
フレイアの瞳の色のドレスが目に入る。
「それに例えば!この緑のドレスに、僕の髪の色の金色のレースを追加してみたら、夫婦っぽくなって僕も嬉しいかな…」
「って思うんだけど、だめかな?」という言葉は、針子たちの「ぎゃー!」という悲鳴にかき消された。
「嘘!旦那ってそういう系?俺の色を着ろ的な執着系皇子様なの?そんな男、小説でしか読んだことないっつの!」
「でもほら!フレイアが最近つけてるブレスレットって旦那の瞳の色じゃん!」
「やば!すでに旦那色に染まり始めてるってわけ?」
「いや、あの…」
違…わないかもしれないけど、恥ずかしすぎる。大勢の参列者の前で、「僕は執着心の塊です」と宣言するようなものだ。
「あの、やっぱり金色はやめて…」
「いいじゃんいいじゃん!やっちゃおうよ!旦那の色でフレイアを包み込んじゃおう!」
「フレイアが旦那から逃げられないようにねー?」
「きゃー!はかどるー!」と女性陣は盛り上がる。そして僕は「作業の邪魔だから旦那は出てって!」と、ぽいっとつまみ出されてしまった。
くすぐったいけれど、嫌な気はしない。
心の中では、僕の色を纏った彼女が「どうかな?」と照れ臭そうに僕を見つめてくるから。
僕はふっと笑って、剣を取りに行った。




