23 ありがとう
「なんだ」
「あ、あの…陛下がアレイル卿におっしゃっていたことなのですが…その、僕のことを子どものころからずっと好きでいてくださったと」
ピタッとローグが止まった。《空気読んでみた》と目だけで僕に言う。
ローグ…!
空気を読むなら、むしろ聞いていないふりをして走り続けてほしい。
「それがどうした」
「本当でしょうか」
「だったらなんだ」
こちらも見ずにぶっきらぼうに、だけど耳を赤くして「だったらなんだ」と言われたら、どう答えるのが正解なのだろうか。
女王がこっちを見てくれないので正解なんてわからないけど、僕が伝えたいのは…
「ありがとうございます、陛下」
一瞬の沈黙ののち、「は?」と女王がこちらを見た。
《ありがとう?なんで?気持ち悪くないの?だって私ってどう考えても粘着質かつ暴力的な片思いモンスターじゃん?無理やり結婚して、さらに逃げられたのに追いかけて捕縛したんだよ?なんで引くんじゃなくてありがとう…?》
「好きになってくれて、約束を守ってくれて…あそこから出してくれてありがとうございます」
「覚えてた、のか…?」
「はい。テムへ来て最初の夜に、あの日のことを思い出しました。あの子が陛下だったと気づいたのは、ついさっきですが」
「そうか」
沈黙が落ちる。
《…で?》
「…?」
《で???結局アルヴィンは私のこと好きなの?ねえ?聞きたいんだけど?私の気持ちをあんだけ聞いて、自分の気持ちは「ありがとう」ひとつなの?「僕も好きだよ」とかないわけ?》
そうか、僕の気持ちも伝えないといけないんだ。
だけど僕の気持ちってなんだろう。僕は女王をどう思ってるんだろう。
彼女が僕のことを好きでいてくれて嬉しい。ウエスパシアから助け出してくれたことにも、ライゼンまで迎えに来てくれたことにも感謝してる。
でも、彼女が僕のことを考えるような熱量で、同じように彼女のことを考えているんだろうか。
あの高速賛辞と妄想の熱量が「好き」という感情であるなら、僕はまだその域には達していないんじゃないだろうか。
「ええと…」
《あ、アルヴィン困ってる》
「何も言うな」
「え…」
《今の状況でありがとうって言ってもらえるだけで奇跡じゃん。それ以上望むな、フレイア。片思いの領分を守らねば》
「ひとつ言っておく」
彼女は僕をびしっと指さした。
「私はお前のことが好きだ。十一年前からずっとな!」
これは…指をさされながら威圧するような口調で言われるようなセリフなのだろうか。
フレイアの心の中では可憐な少女が両手を組みながら「私はあなた様のことを、十一年前からずっとお慕いしております」と涙ながらに訴えている。推測するに彼女なりの理想形はあるようだが、うまく再現できていない。
「けれどお前が無理やり私を好きになる必要はない。お前にとってこれはただの政略結婚に過ぎないだろうから」
《これからちょっとでも私のことを好きになってくれたら嬉しいけど、気持ちまで無理強いはできないもん》
「…わかりました。無理やり好きになることは許されないけれど、自然に好きになることは許されるということですね」
《おおん!?自然に好きになってくれるという世界線があり得るという期待を残してても許されるのでしょうか神よ?しかし私の指揮官たる私としては可能性の低いところに賭けて行動するのは避けなくてはならないので…とにかく”すん”となりたい、今は》
「というか、なぜお前の馬は勝手に止まったんだ?ちゃんと躾けているのか?」
「あ…はい一応…」
「空気を読んで止まったと言っています」とは言えない。
「一応では困る。徹底的に調教しておくように」
「はい」
《僕に文句垂れるなら、何で僕に乗って来たのかって聞いてよ》
そんな聞き方ができるわけもない。
「あ…ええと…陛下の馬はどうなさったのですか」
「お前のことを探しに行くなら、この馬に聞いたほうが早いと思った。懐いていたようだったし、最後に会ったのもこの馬だろう。柵にハンカチが巻いてあったからな。まあ言うなれば勘だ、この馬で行ったほうがいいだろうというな」
「そうでしたか」
《ほんとに僕より野生だよ、この女》
女王は「日が暮れる前に大きな街まで走れ。美味い餌を食わせてやる」とローグに耳打ちして、ローグは気合いを入れて走り出す。
ナビが慌てて《ハンサムさん、待って!》と後を追った。




