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《あらぁ、黒光りしててハンサムじゃないの。女を乗せているのが癪だけど。ねえアル、あのハンサムさんは新入り?》
厩舎でナビの身体を拭いていたら、彼女にそう話しかけられた。
《私の隣の柵に入れてあげてちょうだいな》
だけど新しい馬が来るなんて、誰からも聞いてない。
「そんな予定、あったっけ?準備も何もしてないのに…」
ナビの柵から出て、厩舎の入り口に目をやった瞬間に、僕の心臓はどくんと跳ねた。
鋭い緑の目。燃えるような赤毛。
《いた…!生きてた、良かった…!》
「陛、下…?どうしてここに…?」
「なぜここにいるかって?こっちが聞きたい」
僕の質問には《この女、君がアレイルにいるって勘だけで気づいたの。僕より野生》と女王を乗せているローグが答えて、《ねえハンサムさん、私と子どもを作らない?アル、彼と知り合いなら仲をとりもって》とナビが割り込んでくる。
二人の会話のはずなのに、二人と二頭の会話になっていて、混乱する。
「ちょ、ちょっと待って…」
「待てだと!?悠長なことを言っていないで、なぜここにいるのか説明しろ!」
「ち、違います陛下…今のはあの…」
「何が違うんだ!」
どうしたらいいんだ。ああ、そうか。
僕はナビから手を離し、ローグの目を見ないようにして、女王に集中する。
《なんで逃げた?なんでここでそんなに楽しそうに暮らしてるの?私といるより楽しい?私と結婚したのがそんなに嫌だった?いや、わかるよ。嫌だよね普通に考えて。だけど黙って逃げることないじゃん…!》
違う。あなたが嫌で離れたんじゃない。
「あ、あの…」
「もういい。理由は帰る道々聞く。とにかく帰るぞ!適当な馬を一頭かっぱらえ」
ナビがいなないて主張する。彼女のことだからきっと《ハンサムさんと並んで走れるなら、私が乗せてあげる》とでも言っているのだろう。
女王の言葉は嬉しい。彼女をここまで来てくれたことは、一生心に残るだろう。
何も考えずに我が儘を言えるなら、一緒に帰りたい。頷けば叶うのに。
だけど、僕は首を振った。
「僕は帰れません、陛下」
「なぜだ」
「僕は、陛下のそばにいるべきではないからです。僕が王配になることで、陛下は難しい立場に立たされるのですよね?」
「カイにそう言われたのか」
「はい。自分のせいで陛下が危険に晒されることは望みません」
女王はローグから降りて、厩舎の中まで進んでくる。
「顔を上げてこっちを見ろ」
おそるおそる顔を上げると、《伝えなきゃ。私がリスクを負ってでも彼と結婚した理由を。言いたくてもずっと言えなかった私の秘密を》という声が聞こえてくる。
秘密…?
「実は…」
《ああああああ!でも恥ずかしい!”離宮でアメジストのネックレスをくれたときから、ずっと好きで好きで好きでした”“あなたのために強くなって帰ってきました”とか言って、重すぎるって引かれたらどうしよう!?》
離宮でアメジストのネックレス…?
「あ…」
あの赤毛の女の子は女王だったのか…?
身体に触れてもないのに、人質期間が終わってテムに帰った彼女が「あの皇子様を離宮から出してあげるんだ」と歯を食いしばって厳しい訓練を乗り越え、訓練よりもっと厳しい戦場に出て手柄を挙げ、赤猪に変貌していく様子が、映像で流れ込んでくる。
彼女は敵の屍を乗り越えて剣を振るい、傷ついて動けなくなった仲間を担いで森を走り、雪山で震えながら眠っていた。
これを全部、僕のために…?
「絶対出してあげるから!」という子ども時代の口約束を守るために…?
彼女が僕に対して抱いているのは、信じられないくらいの強い想いなのだと、思い知らされる。
彼女にそんな思いをさせたことに胸が痛くて苦しくて、でも…どこか救われる。
「陛下、あの…」
《いやああああああ!》という絶叫に、僕はびくっとする。
《でもやっぱ言えない!だってアルヴィンと結婚するためにウエスパシアを攻め立てて、賠償金代わりに無理やり結婚したとか恋愛脳の極みかつ国家権力の私物化以外の何物でもなくて女王失格だし。引く要素しかなくね?いや絶対引くでしょ普通に考えて!》
陛下、それは…引くと言うよりも、あっけにとられてしまいます。
《ってことで、やっぱ無理!いつか言うけど今は無理!絶対混乱させるし》
いえ、むしろ心の中で爆発していた賛辞の理由がわかって、混乱がなくなり僕はすっきりしています。
《すなわちここは、手っ取り早く威圧して無理やり連れて帰る!》
なぜそうなる。
「いや、とにかく馬に乗れ。その牝馬でいい」
「しかし陛下…」
「うるさい!言うとおりにしろ!早く乗れ!」
ナビが僕の背中に鼻をつけて、《エレガンスの欠片もない女って嫌だわ。私はこの女を乗せませんからね》とぼやく。取り込み中だから、どうか会話に入って来ないでほしい。
そのときだった。
「フレイア!?ここで何してる!」




