18 黒狼
黒髪黒目の背の高い男。
彼がケシに続いて姿を現して教卓の隣に立つと、候補生たちは一斉に直立不動の姿勢をとった。僕も慌てて倣う。
纏う威圧感は女王並み。だからただ者ではないことはさすがに僕でもわかるけれど、一体誰だ?
その答えは、すぐに周りの候補たちが「カイさんかっけぇ」「相変わらずかっけぇ」「さすがテム最強の戦士かっけぇ」とざわめいて教えてくれた。
この人が、あのカイ・アレイル。
「いやあどうもどうも。俺ってそんな大物じゃないんだけどなあ。しかし純粋な若者たちからの歓迎は気分がいいねぇ」とカイは柔和に笑う。
その黒い目が、形だけは笑ったまま僕をとらえた。
《こいつか、フレイアがウエスパシアから連れてきたのは》
「騎士候補生たちの、優しくて頼れる兄貴分」といった表情とはまったく違う、冷たい心の声。僕は思わずじりっと後ずさりした。
《フレイアめ。俺が部族内のいざこざに時間を取られてるうちに、勝手にウエスパシア攻めて勝手に講和して、しかも賠償金の代わりに病気の第三皇子を連れてきただと?》
彼は「ああ!」とさらに笑顔を大きくするが、心の声はまったくの裏腹だ。
《ひたすら離宮で療養してたと聞いたが、まじで細っこいな。脚が俺の腕くらいしかねえ》という声に沿って比べてみたら、本当に彼の腕は僕の脚くらい太かった。自分では随分体が大きくなったと思っていたのに。
《こんな皇子と結婚するくらいなら、賠償金たんまりぶんどったほうがマシだったろ。俺は断じて認めねえからな》
けれど彼は、僕の前に完璧なウエスパシア流の作法で跪く。
「お初にお目にかかります。そしてご挨拶が遅くなり申し訳ございません、《《ウエスパシアの第三皇子殿下》》。テム王国騎士団の団長を仰せつかっております、カイ・アレイルです。テム三大部族のひとつ、アレイル族の族長もさせていただいております」
「お…お噂はかねがね」
「皇子殿下が私のことをご存じとは、なんたる光栄でしょう!いい噂だと嬉しいのですが」
いい噂も何も。
フレイアが「赤猪」なら、カイ・アレイルは赤猪の傍らに控える「黒狼」。
「アレイルの黒狼」と言えば、ウエスパシアでもその名を知らないものはいない。
ひとつの戦場で何千人もの敵を屠ったとか、単身で敵軍に潜入して敵将の首を掻き切るとか、血生臭い逸話ばかりだ。他国から賭けられている懸賞金も、「小さな城なら、ひとつふたつは建つくらいの金額」だと聞く。
「皇子殿下がフレイアと結婚されたと聞いて、ぜひともお話がしたいと思っておりました。今少しお時間よろしいですか?」
《こいつじゃ何の役にも立たねえどころか、フレイアの立場を悪くするだけだ。口うるさいケルツ族のセリム爺たちが城に押しかけて騒ぎ出す前に、早くフレイアから引き離さねえと》
「カイ、授業が終わるまで待てないのか?」
「待てないな」というカイの声は、ケシと候補生全員が息を吞むくらいに冷たかった。
「…わかったよ」とケシが額に手をやりながら答える。
「殿下、どうかお願いいたします」と、黒い目が丁寧な言葉遣いとはまるで温度の違う圧をもって迫ってくる。逃げ道をすべて塞がれている気分だ。断ることなど、僕にはできない。
「わかりました」
「皇子殿下の貴重なお時間をいただき恐縮です。では団長室へご案内いたします。あまり使っていないので埃っぽいかもしれませんが」
「構いません」
「寛大なお心に感謝します。どうぞこちらへ」
言葉遣いは丁寧だけど、この人は僕を「王配」とは呼ばない。心の声が言う通り、僕を女王の配偶者とは認めていないからだ。
少し埃っぽい団長室に、二人きり。
僕は埃を立てないよう注意しながらソファにそうっと座る。そんな僕を尻目にカイは「テムの男はこうですよ」とどかっと腰を下ろしてもうもうと埃を立てた。
そして正面から僕を見据えて、こともなげに言う。
「単刀直入に言います。今すぐにここを離れてください」




