17 うざ
僕はルピと友達になれたと思った。
だけど、それがいけなかった。
教室にデルの怒号が響いたのだ。
「ちびルピ!お前ウエスパシア野郎にへいこらしてんじゃねえぞ!」
「ぐっ…」
「ルピ!」
ルピは教室でデルに殴られて、机と椅子を巻き込みながら吹っ飛んだ。僕は急いでルピに駆け寄る。
「ルピ、大丈夫?」
「平気…」
「デル、何するんだ!」
「ああ?俺の舎弟をどうしようが俺の勝手だろ」
「舎弟…?」
初めて聞く言葉だ。
「舎弟って…どういう意味?」
「ああ!?あ…」
デルは急に口をパクパクしはじめる。本当に言葉に意味がわからないから聞いただけなのに、予想外にデルを困らせてしまっている。こう見ると、彼もちゃんと十五歳の子どもだ。
《ええと…なんて言やあいいんだ?》
「舎弟は舎弟だろうが!」
ぷぷっと誰かが噴き出した。
「おいデル、かっこつけて舎弟舎弟とか言うくせに、意味わかってなかったんだな。だっせ」
「っるせー!お前らもぶっとばすぞ!」
「やってみろや。前からお前のことは気にくわなかったんだよ。図体が大きいだけでのろまなくせに威張りやがって。屁も臭いしな」
「なんだと!?」
「いいぞ!やれやれ!」と周りがはやし立てて、僕とルピとは関係のないところで喧嘩が始まりそうだ。
戸惑っていると、セグが「舎弟ってのは弟分ってことだよ、アルヴィン」とウインクしながら教えてくれた。誰とでもすぐ仲良くなる人気者で、僕にも比較的好意的な候補生だ。
「ガラの悪い言葉だから、高貴な生まれの方は知らなくて当然」
「教えてくれてありがとう」
「ははっ、教えてくれてありがとうだって。アルヴィンって本当におもしろいな。兄貴が言ってた通りだ」
「兄貴…?」
「俺、リトの弟だよ」
確かに飄々として社交的な感じがリトに似ている。茶色の髪も、左耳にたくさんの飾りがぶらさがっているのも、リトと同じだ。
「セグ!お前もウエスパシア野郎にへいこらすんのか!」とデルが叫ぶ。
「ただ気に入ったんだよ。アルヴィンのテストは大体満点だから、カンニングすんのに最適だしさ。俺が座学のテストを乗り切れてるのは、アルヴィンのおかげだったりすんのね」
「おめーずるいぞ!」という声が飛ぶ。セグは肩をすくめた。
「頭を使って効率良くやるのも大事なんだって、騎士は。あとはほら、お互いが足りないところを補い合う、美しき助け合いっつーやつ?」
「おめーが一方的に利用してるだけじゃねえか」
「今のとこはね。だけどいつか恩は返すつもりだよ。俺って義理堅いじゃん?」
「嘘つけ」
セグは「嘘じゃないからね。アルヴィンが俺にしてほしいことを言ってくれたらやるよ」と僕に向き直り、リトに似た人懐っこい笑顔を見せてくれる。
僕が今一番欲しいもの。それは彼らからの友情と信頼だ。
「あの…僕と…仲良くしてくれたら」という僕の小さな願いは、「あ!申し合いのときに手加減しろ、とかでもいいよ!座学で助けてもらってるから、ちょっとくらいの八百長なら歓迎」というセグの明るい声にかき消される。
僕は首を振った。
「ずるして合格したって、意味がない。ちゃんと自分に力をつけないと、いざというときに守りたい人を守れないから」
にこにこしていたセグの口元が、ぴたりと止まった。そのまま、表情だけがゆっくり凍りついていく。
《それって俺のこと言ってる?カンニングしてパスしても意味ないって…》
そして彼の顔が火のように赤くなってくる。
《じゃあお前は一回も間違ったことはしたことなくて、全部正しいのかよ》
「あ、違…」
「うっざ」
教室がシンとなる。時が止まったように感じる。
「…あの…ごめ…」
「やっぱウエスパシア野郎はうざいわ」
セグはくるっと僕に背を向けた。
歩み寄ろうとしてくれたセグを、たった一言で敵にしてしまった。彼が味方になってくれていたら、きっとルピ以外のみんなとも仲良くなれたはずなのに。
ルピが「アルヴィンは間違ったことは言ってないよ」と言ってくれるけれど、優秀な騎士を兄にもつムードメーカーが敵に回ったのだから、空気は冷たかった。
「おい、席に着けよ!今日は偉いさんが来てるから、俺の評価のためにもいい子にしといてくれ」とケシが教室に入ってきて、同期たちは僕とルピに冷たい一瞥をくれて離れた。
ケシに手招きされて「この期は随分雰囲気がしけてんな。大丈夫かあ?」と言いながら入ってきたのは、黒髪に黒い目をした背の高い男だった。




