16 同期
朝食前に朝練。
ケシが言う「軽めの朝練用メニュー」でも、候補生たちはクリアするのに必死だ。くたくたになった身体をなんとか動かし、這うように食堂へ向かい、ジュリネ婆に睨まれ…いや、見守られながら朝食。
午前中はテム王国騎士として働くうえでの心得や、兵法、テムの歴史・地理・文化についての座学。
そして軽めの昼食。たくさん食べると午後から吐いてしまうので、昼食はジュリネ婆も加減してくれる。
午後は武術や応急処置の実践的な訓練。武術や馬術は離宮に押し込められる前にウエスパシアで習ってはいたが、テム流はより実践的だ。
志願して居残り練習し、夕食をなんとか胃に押し込み、湯殿で寝そうになるのを堪え、ベッドで座学の復習をしながら意識を失う。
そうやってテム王国での毎日は過ぎ、少しずつ候補生は減り、少しずつ僕の身体は大きくなっていった。
馬術の時間に会うローグに、《細くて軽そうだから乗せてあげてもいいって思ったのに、こんなに増量するなんて反則だよ》とぼやかれるくらいには。
女王は領地の見回りや国境のパトロールで忙しいようで、あまり会う機会がない。いつも僕が寝たあとで帰ってきて、僕が起床ラッパで起こされる前に部屋を出ているようだ。
「全然会えないな…夫婦なのに」
少し逞しくなった僕を見たら、彼女は脳内でどんな賛辞を送ってくれるのか気になる。
彼女の脳内の絶叫を聞けないのは、穏やかなようで少し寂しくもあった。
毎朝出かける前の《行ってくるね、愛してる》も、夜帰ってきたときの《ごめんね、愛してる》も、僕には聞こえていなかったから。
ただ彼女が「騎士が左腕に巻く」という簡単すぎるメモと一緒に枕元に置いていった、繊細な刺繍の施されたハンカチに、彼女のぬくもりを感じた。
ーーー
「ちび!これ一人で片づけとけよ。俺は先に食堂行ってっから」
「わ…わかったよ」
ある日の朝練の終わり、そんな声が聞こえて僕は顔を上げた。
十五歳とは思えないくらいの巨漢で態度も大きいデルが、とりわけ身体の小さいルピに片付けを押し付けようとしている。今日の片付け当番は二人なのに、一人だけ先に食堂に行くだなんて。
こんなのいいわけない。女王だったら「お前もやれ!」と言いながらデルを殴りつけて、言うことを聞かせているだろう。だけど今の僕には、巨漢のデルを殴りつける腕力も度胸もない。六歳も年下の少年におじけづくなんて、情けないけど。
だから僕はデルを見送ってから、一人でせっせと木刀を箱に集めているルピにそっと近づいた。
「手伝うよ」
「ありがとう助かる!アルヴィンっていい人だなぁ」
言葉と心が満場一致している素直な感謝に、僕は思わず笑ってしまう。
まだあどけないこの騎士候補生は、身体が小さくてみんなに「こんなこともできないのか」「ちび」と馬鹿にされることが多いけれど、何度地面に這いつくばっても《諦めるまでは負けじゃない》と立ち上がる。そんな彼に、僕はいつも励まされていた。
「君は素晴らしい騎士になるだろうね」
「ほんと?」
「もちろん。君の諦めない力はすごいもの」
「そんなこと言ってくれるのはアルヴィンが初めて」
《同期たちは僕を馬鹿にしてるし、家族も僕には期待してないから》
「みんなを驚かしてやればいいさ。女王陛下だって小柄だけど、すごい武人じゃないか」
「そうだよね。僕はフレイアに憧れて騎士になりたいと思ったんだ。いつか彼女の護衛騎士になれたらいいなあ」
「君が妻のそばで守ってくれたら、僕も安心だよ」
きっと彼は、命尽きるそのときまで主君を見捨てないだろうから。
逞しくなったルピが女王の傍に控える様子を想像すると、もやっとした名前のわからない感情が湧き上がるけれど、それは「僕は王配のお墨付きをもらえたってことだね」というルピの明るい声にかき消された。
「そうだね。僕も負けないように頑張らないと」
僕たち二人はせっせと木刀を集め、ジュリネ婆が設定している制限時間までに何とか食堂に滑り込み、リスのように膨れているお互いの頬を見て笑いながら、朝食を掻き込んだのだった。
「アルヴィンが同期でよかったよ」
「…僕も」
だけど、それがいけなかった。




