15 第一歩
大きなラッパの音で起こされた僕は、慌てて部屋を見回す。
離宮でも移動用テントでもない。豪華で綺麗な部屋に、一瞬、自分がどこにいるのかわからなくなる。
「そうだ、アンデ城だった。あれ、陛下は?」
夫婦の寝室なのに、大きなベッドには僕しかいない。女王はソファでよだれを垂らして寝ていた。
「陛下、ラッパが鳴っております。何かあったのかもしれません」
「…!!!」
女王は僕の顔を見て飛びのいた。
《朝イチのアルヴィン!寝起きビジュがカンストすぎて後光が!ありがたく拝み倒して後世に語り継ぎます!ああ、このお顔を姿絵にして持ち歩きたい…正面のお顔がいいか横顔がいいか悩むところです…!!!》
今日も心の声は絶好調のようだ。
一瞬ののち、女王は姿勢を正して「んん」と咳払いした。
「これは起床ラッパだ。こんなことも知らんのか」
「あ…不勉強で申し訳ございません」
《いいのいいの!だって、ここに来て初めての朝だもんね。初めての夜初めての朝あああああ!》
「…ところで、どうして陛下はソファで寝ておられるのでしょうか」
「気にするな」
「しかし女王陛下ともあろうお方が…」
「気にするなと言っているだろう!戦争中は毎日野宿しているのだぞ!」と、女王は目を見開く。
《こっそりアルヴィンの横で寝てみたけど緊張しすぎて目がギンギンになって、結局ソファに移ったとか絶対言えない!勝手に添い寝する変態とか思われたら死ねるし!!!》
…そういうことか。
「承知いたしました」
「わかればいい」
《っていうか、本当にやるつもり?今からでもやめてくれたっていいんだけど…病弱だとか二十一歳だからとか、言い訳は何個だってあるんだし》と、心の声が心配そうなトーンになる。
最後まで言わなくても、女王が何を心配しているかはわかる。
今日から「テムの男になるための訓練」が始まるのだ。
ーーー
ここへ来る道中、リトに「ウエスパシアの皇子である自分が、テムのみんなに認めてもらえるか不安」とこぼしたら、「それなら騎士養成訓練に参加して、騎士の資格を得ればいい」と言われた。
テムでは、十五歳の少年たちが選抜されて一年間の騎士養成訓練を受ける。
「半分残ったら当たり年って程度には厳しいんで、やり切ったらみんなの見る目も変わるっすよ」
そこで「騎士養成訓練に参加したい」と女王にお願いしたら、彼女の心の声は激しく動揺した。
《リトぉぉぉぉ!余計な入れ知恵すんな!だってすごく無理させることになるじゃん!本当はしんどいことなんてなにもしないで、好きなものだけに囲まれて好きなことだけしてゆっくり過ごしてほしいんだよ私は。だけど実際、アルヴィンやリトの考えは間違ってない…かも》
ウエスパシアにいい感情をもってないテム人も多いなかで、僕が騎士の資格を得たら、ウエスパシアや皇族に偏見をもつ人にも認めてもらえる契機になる。女王が戦争や視察で城にいないことも多い環境で、僕が自分の力で信頼と人脈を築いていくことも大切だ。
《でもでも、よりによって今年の訓練担当は鬼教官でお馴染みのケシじゃん。政略結婚で好きでもない女と結婚させたうえに、きつい訓練までやらせるべきなの?それってむしろケシより私が鬼じゃない?》
そうやって彼女は大声で懊悩しながらも、僕の目に強い決意が宿っているのを見て取り、息を吐いた。
「脱落は許さん。死ぬ気でやれ」
「はい!ありがとうございます!」
ーーー
《本当は行かせなくないけど…》
心の声とは裏腹に、女王は緑の目で僕をぎりっと睨む。
「今日から訓練が始まると言ったはずだ。なにをぼさっとしてる!」
「はい!」
僕はわたわたと身支度をして、城の中庭に急ぐ。すでに騎士候補生と教官のケシが集合していた。
「旦那、早くこっちへ並んでください」
「はい!遅れてすみません!」
僕を見た候補生の間に「俺の親父、ウエスパシアから命じられた戦争で死んでんだ」とひそひそ声が広がる。視線は隠そうともしない敵意を帯びていた。覚悟はしていたけれど、やはり歓迎はされていない。
でも、やると決めたんだ。
女王の甘くて温かい言葉に守られて何もせずにいるだけじゃ、誰にも信用してもらえない。
「四周六分半以内を五セット!一人でも設定タイムを切れなかったら全員でやり直し!」
ケシの合図で、僕は走り出した。テムの男になるために。




