12 ちょろい権力者たち
「とりあえず目の前にあるものは残さず食え。どうしても無理ならロエンに頼め」と、女王が僕に耳打ちして、僕らの目の前に座っているロエンにちらりと目をやる。
「おいフレイア、俺に旦那の残飯を押し付ける気か?」
「お前は進んでやるべきだろ」
「しゃーねーな。旦那はフレイアから守ってくれたしな」
僕は「できるだけ自分で頑張ります」と目の前の骨付き肉を見つめて、周囲を見回す。
「これは…ええと…手づかみで食べるのですか?」
「当たり前だ。ここでは堅苦しい食事のマナーなどない」
「それともウエスパシアのマナーに固執するつもりか?」と僕を睨む緑の目から、温かい言葉が聞こえる。
《最初は慣れないかもだろうし嫌かもしれないけど、どうか我慢して馴染んでね。みんなで集まっての食事の場は、アピールできる場でもあるから》
そういうことか。大人数での食事の場は「僕がテムに馴染もうとしていること」をアピールする機会でもある、と。
とはいえみんな自分の食事に必死で、どれくらい見られているかはわからないけれど。
「いいえ。ウエスパシアのマナーはあまりに煩雑でしたので、このように気取らない雰囲気の食事はとても気分がいいです。食事もさらに美味しく感じるようです」
「ふん」
《よかった》
必死に目の前の皿と格闘していると、僕の上から影がかかった。格闘を一時中断して顔を上げると、ジュリネ婆だ。
「どうだい、うちの料理は?」
「と…とても美味しいです」
「そうかい。じゃあもっと食べな」
ジュリネ婆は僕の皿に、大量のブロッコリーを盛った。ブロッコリーは正直臭くて苦手だが、《今の言葉がウエスパシアお得意の口八丁じゃないなら、食べてみな》と思われながら睨まれているから、食べないわけにはいかない。
目をつぶって、覚悟を決めて口に運ぶ。
驚いた。
「美味しい!ジュリネさん、これとても美味しいです!!ブロッコリーをこんなに美味しく感じたのは初めてです」
「…そうかい」
ジュリネ婆はくしゃっと笑う。
《いい子だ》
そして涙を拭いながら別のテーブルへ移り、そこでもまた料理を皿に盛り始めた。
「気に入られたようだな。よくやった」
「い、今のでですか?」
「ああ。生粋の料理人は、”純粋な美味しい顔”に何より弱い」
「ただ本当に美味しくて、気に入っただけなのに」
「それでいい。それでその…私たちの部屋も気に入ってもらえるといいのだが」
女王が「私たち」の部分を強調したような気がして、彼女の横顔を見る。顔が赤い。肌が白いからか、女王の頬はよく紅潮する。心を読まなくても、照れていることが手に取るようにわかる。
私たちの部屋。
…夫婦同室なのか。
ウエスパシアでは夫婦は別室で、その間に共用の寝室がある。だが、テムでは違うらしい。
「…食事が終わったら案内しよう」
「はい」
ロエンにも手伝ってもらって何とか食事を終え、騎士たちがお腹を抱えて放心状態で椅子に座っている横を通り抜け、重い胃を抱えながら案内された「夫婦の寝室」。
そこは明るくて広くて、設えられている家具はすべて高級品でピカピカだった。中古品を寄せ集めていた離宮とは、何から何まで違う。
「このうち扉の向こうが湯殿だ。すぐ入れるように用意させているが、入るか?」
うっかり目が合うと、《先にお風呂?それとも私?》という甘い呟きが聞こえてきて、僕は慌てて目を逸らした。
「入ります!」
「一緒に入っ…いや、その…」
珍しく女王がもごもごと話すので、うまく聞き取れない。
「申し訳ございません、陛下。もう一度おっしゃっていただけますか?」
《だめだめ!一緒に入りたいとか何考えてるの自分!私の身体なんて見せられないじゃない…》
「いや、何でもない。早く入れ。着替えは侍従に用意させる。湯殿もウエスパシアとは違うだろうから、使い方も侍従に聞いてくれ」
侍従にひと通り説明してもらったとおりに服を脱ぎ、身体と髪を洗う。石鹸からは女王と同じ爽やかで甘い香りがして、「彼女から漂っていたのは、この石鹸の香りだったんだな」と気づく。
「ああ…」
身体を洗ってから温かい湯に浸かったら思わず声が漏れて、過去最高に食べ物を詰め込んだ身体がふわりと軽くなる。まるで「ここまでひとまずお疲れ様。少し力を抜け」と言われているようだ。
「そうだよな。この二週間、予想外の事態の連続だったんだからちょっとくらい…」
《先にお風呂?それとも私?》という甘い呟きが蘇って、僕は顔にばしゃっと水を浴びせた。
「一番予想外なのは彼女だ…」




