11 料理番
馬車がなくなってしまったのと、女王が《馬車怖い》と僕を馬車に乗せるのを渋ったため、僕には馬が一頭与えられることになった。
馬は賢いからか、なんとなく馬の心の声もわかる。「オスに乗られるのはまっぴらごめんだ!俺は人間のメスしか受け付けない!」という馬は避け、「乗せてあげてもいいよ」と言ってくれた穏やかそうな馬を選んだ。
「君の名前はどうしようかな?」
《僕にふさわしい、賢者のような名前がいいな》
「ローグはどう?大賢者の名前だよ」
《悪くないね》
ローグに乗って移動すると、風が気持ちいい。
女王は宣言通りに僕が巻いた包帯を巻きっぱなしにしようとしていて、衛生的によくないので頼み込んで替えさせてもらうたびに《大好き》と声をかけてくれる。答えられないのが申し訳ないような、何も言わなくていいのでほっとしたような気分になる。
そしてウエスパシア帝国との国境にある川を越えてテム王国に入り、ついに王都アンデの門をくぐる。
王都の民からの「フレイア!圧政からの解放者フレイア!」という歓声はすさまじく、耳がつぶれるかと思った。リトの名を呼ぶ人もかなりいて、彼も若いながらに武功を挙げた騎士なのだとわかる。
半裸の状態で見たこともない太鼓を叩きながら歌い踊る中年の男性や、下着のような姿で窓から手を振る女性もいる。騎士たちも手を振り返し、混とんとしているが、生々しくて活気に満ちている。
整然としながらもどこか冷めているウエスパシアとは、まるで違う。何より帝国民が君主のまことの名を、それも敬称なしで口にすることなどありえない。そんなことをしたら即座に処罰される。
最終目的地である王城を目の前に、隊列はゆっくりゆっくりと進み、名残を惜しむ声に送られながら、ようやく王城にたどり着いた。
「ようこそ我が家へ。これからはここがお前の家だから、気楽に過ごしてくれ」
「はい」
「ウエスパシアの皇宮ほど大きくも豪華でもないが、それなりだろう」
ここが立派な城であることは確かだ。
塀は高く、門は大きく、廊下は長いし、天井も高い。城主の合理的な性格を反映しているのか飾り気は少ないけど、絨毯は気をつけないと足をとられるくらいにふかふかで、窓も壁付けの燭台もよく磨かれて、庭も美しい。
「素晴らしい城だと思います」
女王は満足げに頷いた。
「腹が減ったな。まずは食事だ」
その言葉に、僕は「来た…!」と身体を硬直させ、ごくりと唾を飲み込む。
何しろリトから「アンデ城で出される食事を残したら、料理番のジュリネ婆から半殺しにされる」と脅され続けて食トレに励んできたのだ。半殺しがどういう状態なのかはよくわからないが、女王より怖いとされる料理番の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「食堂は別にあるが、今日の食事会場はここだ。慰労会も兼ねて、騎士たちも一緒に食べるのでな」
大広間には食欲をそそるスパイシーな香りが充満していて、しつらえられた各テーブルからは湯気が立っている。
「まずい、席が埋まり始めている。急がないと」
「え、急ぐ?」
国のトップが、急いで食卓に向かう姿などあまり見ない。無駄にゆったりと威厳をもって着席するのが、父の常だった。
けれど女王は慌てた様子で席を物色し探し始める。
「陛下、せ、席次は…?」
「席次などない!とにかくよく食う奴と同じテーブルにならないと、生き残れないぞ!」
「え、ええ…?」
女王は一番奥に座るものではないだろうか。
しかし一番奥にある玉座の前では、一人の老婆がフライパンを手に仁王立ちしていた。彼女がジュリネ婆なのだろう。一料理人が玉座と同じ段まで上がるなど、ウエスパシアなら即刻処刑だ。
「フレイア、早く座んな!」
大広間全体に響く大声で呼びかけられた途端、女王はビクッと身体を振るわせて、「はいっ!」と反射的に返事をする。料理番が女王より怖いというのは、本当らしいと悟る。
「旦那もだよ!ぼさっとすんな!」
「は、はい!」
僕たちが空いている席に滑り込むと、ジュリネ婆は「お前たち、たんまり食べな!残したら半殺しだよ!」とフライパンを打ち鳴らした。
会場中から「うおおおおおおお」と鬨の声のような雄たけびがあがり、騎士たちが料理を口に運んでいく。
「な、なんだこの食事風景は…どうやって生き残れって…?」




