10 傷だらけの乙女
「《《妻》》の白くて美しい手が傷ついたのに、何も思わないわけがありません!」
《白くて美しい手…?私の手が?理解不能理解不能理解不能…無理無理無理…!!!!》
女王の耳が赤くなってくる。
《しかもさりげなく妻って…!妻…!!!!妻妻妻妻妻妻松松松松松松…はい、一旦深い緑の松林を思い浮かべて心を落ち着けまーす…》
「お世辞が過ぎる。反吐が出るほどだ」
いつも僕について「瞳が神レベル」だの「彫刻並みの美貌」などとありえないほどの美辞麗句を並べ立てている人が、「白くて美しい手」程度で何を言うのだろう。
「お世辞ではありません。どうか手当てをさせてください」
《夫が天使すぎてもう知らん!どうとでもなれー!!》
女王はくるっと背を向けて、部屋に戻る。
「そこまで言うなら、勝手にしろ」
「ありがとうございます」
手当てするには、もちろん彼女の身体に触れることになる。そのたびに《手があああああ!ここは絶対洗わなーい!巻いてもらった包帯は一生とらなーい!》と絶叫する彼女の心と、まったく心に連動していない表情をこっそりと比べながら、本で得た知識をもとに、患部を水ですすぎ、消毒し、薬を塗って、包帯を巻いていく。
「あ、あれ…?」
「手際が悪すぎる。自分の左手でやったほうが早いくらいだ」
「も、申し訳ございませんっ」
《しかしそれもまた尊し…っ!不器用なのに頑張ってるアルヴィンって誰得?はい、圧倒的に私が得!ちょっとくらい包帯がよれてたって、見た目は問題じゃないの。アルヴィンが処置してくれたと思うだけで、傷が全部消えちゃいそうなくらいの治癒力が私の中から引き出されるから。これぞ赤猪の生命力!だけど…》
女王はふっと息を吐いた。
《本当に、全部の傷がきれいさっぱり消えたらいいのにな…》
あまりに悲しそうなその声に、僕はぴくっと手を止めた。
「陛下…?」
「何でもない。早くしろ」
「はい、申し訳ございません!」
《だってさ、傷だらけの妻なんて絶対嫌だよね。ウエスパシアの貴族令嬢たちは、身体に傷一つない状態で育てられるって聞いたし。今手当てしてもらってる手だけじゃない、私は脚も背中も全身傷だらけだもん。もし…もし傷のせいで女として見られないからとか言われたら私、私…っ》
こんな猛々しい人が、そんなことを気にして、心の中で泣きそうになっているだなんて。
心に声に答えるわけにはいかないけど、何か言いたい。何か、彼女の気持ちが軽くなるようなことを。
僕がこんな傷なんて気にしないって、彼女にわかってもらえるようなことを。
僕は包帯のうえから、彼女の傷にそうっと手を重ねた。
「この傷は、陛下が私を助けてくださったことの証拠でございます。もしこの傷が跡になって残ったら、それは陛下にとって嬉しいものではないかもしれません。けれど私はこの傷を見るたびに…陛下への感謝と尊敬を新たにします」
《…思考が停止しちゃうんだけど、本当に?本当にそう思ってる?気持ち悪くない?》
「感謝でも尊敬でも、勝手にしてろ」
「はい。させていただきます」
この傷だけじゃない。彼女のすべての傷は、命を賭して戦ってきた証だ。自分にはない強さを持つ彼女を、僕は本当に尊敬する。
「陛下のおそばにいると、自分まで強くなれるような心持ちがいたします」
気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。僕ははっと女王の目を見る。
《なにそれ可愛すぎない!?私の横では最強の俺ってこと!?嬉しすぎん?やばいんだが》
けれど女王は乱れる心の声とは裏腹に、冷たく「ふん」と鼻で笑う。
「思い上がるな。お前などまだまだ弱い。パニックで気絶して今まで眠りこけていた奴が、どうやったら”自分は強い”という発想になるのか、理解できんな」
「さようでございますね」
「強くなりたいなら、一回死んでこい」
《あああああ!違うの!死なないでずっと私のそばで最強の俺でいて!》
この人はまた、すぐに自分や周囲の人間を殺そうとする。僕はくすっと笑ってしまい、女王の心の中は絶叫の渦となったのだった。
《アルヴィンが笑っ…!?ああああああ!!!神様、課金します!!》




