後日談5:意地悪禁止
※クレア視点
レティシアはやけに緊張しながら、サイラスと馬車に乗って王城へと出発していった。
さすがに馬車の中で何か起きるとは考えにくいけれど、不安げなレティシアを見送らなければならないクレアは、心がひどく痛んだ。
(それもこれも、サイラス様が悪いんです!)
クレアはぎゅっと箒を握りしめた。
「というわけで」
クレアは使用人部屋のテーブルを囲んでいる面々――セレストとロードリックとセシルを順に見てから、おもむろに告げる。
「緊急使用人会議を始めます。最近おふたりの距離が近すぎます。今朝なんか絶ッッ対、一線越えてました! これは由々しき事態です!」
拳を振り上げ、クレアが力説する。
「は? 下らない」
と、いきなり議題を切って捨てたのはセシルだ。容赦が一切ないのに律儀に発言してくれるところはとても彼らしい。
「ふたりともいい大人なんだから放置一択でしょ」
「そうとも限らないんじゃないかな」
さすがに最年長で経験豊富そうなロードリックは、セシルの意見に反対してくれた。
「半年近くひとつ屋根の下で暮らしてるとはいえ、貴族女性は結婚までは貞操を守るべきだとされている。今朝の押し倒しは一応未遂だったんだろう? なら――」
「ちょっと! 子供がいるんだから際どいことは言っちゃダメです!」
クレアの静止に、ロードリックとセシルがげんなりした顔を晒す。
「はいはい。えーと、結婚までに破局する可能性もゼロじゃないし、清く正しく節度を持って暮らした方がいいと思うよ」
「レティシアはサイラスさんを深く想っていますから、破局の可能性は低いと思います。でも、確かに望ましいことではありませんね」
微妙におざなりなロードリックはともかく、セレストが賛同してくれたことに心が少し軽くなる。
正確にはセレストは使用人ではないが、公共良俗を理解してくれる真っ当な存在が屋敷にいる事実に、クレアは心から感謝した。
「ああ、サイラス様は女っ気なしで生きてきた訳だし、羽目を外す可能性は大いにあるだろうね。例えば今日の馬車はふたりきりだよね。距離が近い、密室空間だ。あんなことやこんなことが――」
「そんなっ! 行きはこれから謁見だから良いとしても、帰りのレティシア様が危ないかも……!?」
ロードリックの言動に、クレアは頭を抱えた。それをセシルが冷ややかな目で見つめる。
「過保護すぎ」
「私がお迎えに行きましょう。そうすればふたりきりになることは阻止できます」
「セレスト様ー!」
精霊様はとても話がわかるお方だった。クレアは隣に座るセレストと、思わず手を握りあってしまう。
「僕も、なるべくサイラス様の側を離れないようにしよう。美しい女性が弄ばれて泣くところは見たくないからね」
「弄ぶというか、サイラスさんはレティシアに意地悪をするかもしれません。恥ずかしがらせて楽しんでいる節がありますから」
セレストの言葉に、クレアは今朝の光景を再び思い出し真っ青になる。組み敷かれていたレティシアは、怯えるようにクレアの後ろに隠れてきたのだ。きっと今朝は、あの手この手で意地悪をされていたに違いない。
「だっ、ダメです! そんなの!!」
クレアが机をばんっと叩いて立ち上がる。持ち込んだ本を読み続けていたセシルが、迷惑そうに顔をしかめる。
「下らない。……けど最近、あの人すごく面倒臭くなったんだよね」
「面倒臭くなったって?」
「紅茶を完璧に淹れるんだって言って、いつも俺が実験台にされる」
「ああ、なるほどー」
クレアは頷いた。
確かに先日、サイラスに美味しい紅茶の淹れ方を聞かれたことがあった。教えた後、一度も提供されたことがないので本当に練習しているのか疑問だったが、セシルを相手にしていたらしい。
あの研究室に渋い顔のセシルを連れ込んで紅茶を淹れているかと思うと、生暖かい笑みが勝手に浮かんでしまう。ぎろりとセシルに睨まれた。
「あの人がこれ以上面倒になるのは避けたい。だからそれなりに手を貸す」
「ありがとう!」
クレアはセシルの頭を撫でる。「くそうぜぇ」みたいな顔をされたが、表立っては反論されなかった。
「という訳で」
こほん、とクレアはひとつ咳払いをする。
「おふたりが結婚するまで、我々使用人一同は付かず離れずおふたりを見守り、清く正しいお付き合いができるように応援しましょう!」
「はい! 頑張ります」
セレストがにこにこしながら答えた。
「……それ、今までとほぼ一緒じゃね」
「まあまあ。こういうのはノリと勢いだよ」
セシルとロードリックは、小声で囁きあっている。聞こえているが、協力するつもりはありそうなので聞こえなかったことにした。
その時、玄関ホールの方がにわかに騒がしくなった。今日は特に大きな予定はサイラスとレティシアのお出かけくらいだったはずだ。クレアはセレストと顔を見合わせてから、使用人部屋を飛び出す。
「なっ!!」
玄関ホールにたどり着いたクレアは絶句した。王太子主宰の昼食会に出席してから帰る予定だったはずのサイラスとレティシアが、なぜか玄関にいる。
「あ、クレア。早く帰りたかったから、食事会は欠席することにした」
良い笑顔で、突然の予定変更を告げるサイラス。その半歩後ろで、レティシアは顔を真っ赤にして俯いていた。いつもならクレアに「ただいま」と声をかけて、控えめに笑ってくれるのに。
確実に、帰り道で何かがあった。レティシアの態度は、そう思わせるには十分すぎた。
クレアは両手を握り、ぷるぷると震わせる。
「クレア?」
何もわかっていない様子のサイラスに、クレアの中で何かがぷつんと切れた。
「サイラス様!! レティシア様への意地悪は禁止ですっっっ!!! わかりましたか!!!」
玄関ホールにクレアの絶叫が響く。
「く、クレアさん、違うんです。これは、その……」
「別に、違わないですよ。ね?」
サイラスがレティシアへ向けて、意味深な笑みを浮かべている。レティシアはまた俯いてしまった。ドレスの胸元を飾るリボンを、意味もなく指先でいじっている。
クレアは大きく息を吸った。
「もう! そういうところですっ!!!」
クレアの叫びに、サイラスが可笑しそうに笑う。
こうして、サイラスの監視は強化されたのだった――




