後日談4:お返し
眩しい朝陽が、瞼に刺さる。
「んん……」
普段はもっと早く目覚められるのに、今朝はどういう訳か、まだ起きたくないと思ってしまった。レティシアは光から逃れるように寝返りを打つ。
その拍子に、何かが指先に触れた。温かくて柔らかいもの。それが何かを確かめるように、レティシアは指を滑らせ――
「……くすぐったいです」
耳元で掠れた声が聞こえる。レティシアは微睡みから現実へと引き戻され、緩慢な動きで目を開けた。
見慣れない部屋に、いつもと違うベッド。自分の部屋ではなく、サイラスの部屋だとすぐにわかった。
レティシアの横、腕を伸ばしてぎりぎり届く位置に、サイラスが寝そべっていた。青い瞳でレティシアをじっと見つめている。
いつもと、雰囲気が違う。
「昨夜は、ずいぶん積極的でしたね?」
サイラスの口調は、どこか不機嫌さが滲んでいた。その言葉に、一気に眠気が吹き飛ぶ。
(わ、私……!?)
レティシアは混乱する頭で、必死に昨夜のことを思い返す。サイラスの帰宅を待っていて、玄関ホールに行って、それから――
――寂しかったです。
その言葉と、抱きしめた時の感触、頬にキスをした時の胸の高鳴り――それらが一気に甦ってきて、レティシアは青ざめた。
「夢じゃ、なかったんですか……?」
「……どう思います?」
サイラスが意地悪そうに笑う。
「責任を取ってください。夢ではなく、現実で」
そう言って、サイラスがこちらに身を寄せてきた。青い瞳は真っ直ぐにレティシアだけを射抜いている。レティシアはベッドの壁側に追い詰められた。
逃げ場は、ない。
「どうして、玄関にいたんですか」
口調は柔らかいのに、有無を言わせぬ力強い響きを帯びている。多分、正直に話さなければ解放してもらえないだろう。
「……サイラス様に、会いたくて……」
小さな声で答える。サイラスは満足そうに微笑んだ。
「今日になれば会えるとわかっていたのに、待てなかったんですか?」
確認された。改めて言語化されると、恥ずかしくていたたまれなくなる。レティシアはもう声も出せなくて、首を縦に振るのが精一杯だった。
「ずるい人ですね」
そう言って、サイラスはレティシアの頬に長い指を添えた。慈しむように撫でられる。
「ここ、赤くなってます」
「い、言わないで下さい……」
小声で抗議すると、彼の笑みが深くなった。
「それから、何をしたか覚えていますか?」
レティシアの心臓はもうはち切れそうなくらいになっている。おずおずと彼の方に近寄り、自分から抱きしめた。ベッドのスプリングが軋む音が、やけに大きく聞こえる。ぬくもりにほっとするのか、ドキドキするのか、もうよくわからない。
「ちゃんと、覚えているんですね」
笑い声と共に、ぎゅっと抱き返された。背筋にぞくりとした感覚が走り、彼の顔を見ていられなくなったレティシアは胸に顔を埋めた。
「……サイラス様は、やっぱり意地悪です」
「そうですね。好きな女性はいじめたくなってしまうんですよ。恥ずかしがっているところが見たいから」
笑いながら、悪魔のようなことを言ってくる。
「でも、嫌われたくはないので程々にします」
サイラスはそう言って、体勢を変えた。くるりと視界が回る。レティシアはベッドに押し倒される形になり、目を見開いてサイラスを見上げた。
腰に回していたレティシアの手がやんわりと外され、代わりに彼の指が絡む。そのまま、ベッドに縫い止めるように押さえられる。
「レティシアさん」
熱を帯びた声で名前を呼ばれた。それはひどく切なげだった。レティシアの呼吸が浅くなる。
「昨日のお返しです」
サイラスの顔が近付く。一瞬だけ、躊躇うように視線を逸らされた。絡められた指に力が籠る。
(……サイラス様)
熱に浮かされるように、思考が溶けていく。レティシアは彼の指を握り返し、目を閉じた。顔にかかる吐息が、僅かに乱れる。
そのまま――数秒。
レティシアが恐る恐る目を開けると、間近にあるサイラスの青い瞳と目が合った。
「俺を待つ貴女の顔、とてもいいですね」
真剣な顔を崩して、サイラスが笑った。レティシアが何か言う前に、唇を塞がれた。柔らかい感触と、甘さが伝わる。呼吸さえ奪うような力強さにくらくらした。レティシアが抵抗できずにいる間に、角度を変えて、もう一度。
「サイラス様……」
合間に、喘ぐように名前を呼ぶ。
「私……」
レティシアが言葉を言いかけた瞬間、ばん、と音を立てて扉が開く。
「サイラス様っ、まさか寝てるんですか!? 今日は殿下が――」
喋りながら室内に突入しようとしていたクレアが、言葉を途切れさせた。喋りかけた口のまま、こちらを見ている。
目が合った。沈黙が流れた。
「クレアさん、これは――」
「きゃあああああああっ!!!!!」
レティシアの言い訳は、クレアの悲鳴に完全に飲み込まれた。レティシアの上に乗ったまま、サイラスが恨みがましい目でクレアを見た。
「取り込み中だから、後にしてくれるかな」
「取り込み中じゃありません!」
レティシアが叫び、サイラスの下から強引に這い出る。クレアのところまで小走りで向かい、彼女の後ろに隠れた。
硬直していたクレアはここでようやく状況を理解したのか、きっとサイラスを睨む。
「……これは、サイラス様が有罪です」
クレアの出した判決に、やれやれとサイラスは頭を振った。
「レティシアさん、続きはまた。今度は貴女からお願いします」
「こ、今度、なんて……」
ありません、と言いきることができなかった。レティシアはサイラスのことを見ていられなくて、クレアと一緒に部屋を飛び出した。
扉を勢いよく閉めて、はあっと息を吐く。
胸に手を当てる。ドキドキと早鐘を打つそれは、しばらく収まってくれそうになかった。
続く。




