後日談2:これからも
レティシアの名を呼ぶサイラスは、まだ眠っているように見える。けれど穏やかで、幸せそうな寝顔に、レティシアは胸がいっぱいになった。
きっと今、彼は安心して眠ることができている。
(私……)
言葉にできない想いが込み上げてきて、空いている手でサイラスの頭をそっと撫でた。気持ち良さそうに頭を寄せてくる彼を見て、微笑みを浮かべる。
彼が穏やかに過ごせる時間を、守りたい。
(貴方に、酷いことをしてしまった)
心の中で、夏の終わりの出来事を振り返る。
サイラスはこんなレティシアに好きだと言ってくれたのに、レティシアは彼のその気持ちを踏みにじるようなことをした。サイラスを信じることで彼を追い詰め、辛い決断をさせてしまった。
自分に泣く資格なんかない。そう思うのに、彼がどれほど傷付いたかを考えると、抑えきれない感情が溢れだして――
ぽたりと一滴、涙がこぼれた。雫がレティシアを掴んでいるサイラスの手に落ちて、弾ける。
彼の頭を撫でていた手を止めて、慌てて拭う。
「……やめてしまうんですか?」
ぱっと顔を上げた先、青い瞳と目が合った。
彼は微笑んで、レティシアの顔に手を伸ばす。もう片側に残ったままだった涙を、この上なく優しい手つきで拭われる。
また溢れそうになるものを、目を閉じて懸命に抑え込んだ。
「……私、貴方を傷付けてしまいました」
震える声で、告げる。
「貴方に辛い選択を強いた。わかっていたのに、傷付けることを選んでしまった……」
「……そうですね」
穏やかな声が、返事をした。
「貴女はひどい人です」
言葉とは裏腹に、サイラスはゆっくりと、レティシアの髪を手で梳かす。
「でも、あの選択を受け入れたのは俺です。心から嬉しかったんですよ。貴女が、俺を信じてくれたこと」
目の前の人は、はにかむような笑顔を浮かべる。こんな時なのに、レティシアの鼓動が早まり、落ち着かない。
「それに、俺も貴女を悩ませ、傷付けた」
サイラスはゆっくりと起き上がり、レティシアを引き寄せた。柔らかな力で抱きしめられる。
「……どうかこれからも、こんな俺と一緒にいて下さい」
掠れた声に応えるように、レティシアは彼を抱き返した。
「サイラス様こそ。私と、ずっと隣にいてくれますか?」
「当たり前です。貴女を手放したりしません」
体を離して、微笑み合った。
「……あっ」
その拍子に彼の胸元が目に入ってしまい、レティシアは慌てて、めいっぱい顔を背ける。
「レティシアさん?」
不思議そうに首を傾げていたサイラスだったけれど、はっと息を呑んで硬直した。
「……っ、失礼しました」
顔を赤く染めながら、サイラスは慌ててボタンをかけ直す。
少しの間、お互い目を合わせない、気まずい沈黙が続いた。レティシアがちらりと様子を伺うと、彼は照れたような顔でそっぽを向いていた。
(……かわいい……)
大人の、年上の男性に対する感想としてはどうかと思うけれど、それが素直な感想だった。見ているだけで幸せな気持ちになれる。
とはいえそんな自分が恥ずかしくなって、レティシアは下を向いた。
「ええと、一緒にお昼ごはんを食べに行きましょうか」
「は、はい!」
どこか不自然なやり取りをしながら、ふたりでまた笑い合う。
サイラスが立ち上がり、レティシアの手を取った。レティシアもぎゅっと手を握り返す。
ふたりで明日へと歩いていく。
これからも、ずっと。
後日談前編はこれにて終了です。
この後クレア、ロードリック、セシルの番外編を各1話ずつ投稿予定です。
その後「レティシアからサイラスに甘えたら」という読者さんとのお話の中で生まれたシチュエーションを題材にした、後日談後編を投稿予定です。糖分多め。




