56:貴方への答え
サイラスの発言に、会場は静まり返った。誰もが彼に注目している。決して好意的な視線ではないのに、彼は一歩も引かなかった。
耳が痛いほどの静寂の中、サイラスは進み出る。
レティシアの、より近くへ。
「私、は……」
声が詰まって、言葉が出てこない。即答できない、それが自分の答えのようで、レティシアは身を震わせた。
セレストを犠牲にする選択を、したくないのに――
レジーナがため息をついた。
「公爵、それはどういう意味でしょうか?」
彼女は、扇で口許を隠しながら問いつめる。その眼光は鋭く、獲物を見定めるようだった。会場内の温度が下がったような感覚がする。
「まさか、精霊セレスト様を消滅させるとでも仰るのかしら」
レジーナの言葉に、会場が再びざわついた。この国の人々は、特にここに招待されているような貴族は、大半が精霊を信仰している。
消滅――その強い響きに、人々は胡乱な目をサイラスへと向けた。
それでもサイラスは堂々と立ち続ける。
「違いますよ」
渦巻く敵意になど目もくれず、サイラスはただ、レティシアだけを見つめていた。
「レティシアさんも、セレストも、救う方法を探してみせます。例え、間に合わなかったとしても」
はっきりと言いきって、サイラスがレティシアに向かって微笑みかけた。レティシアが一番好きなその表情に、自分の中で何かが溢れだしそうになる。
「それが、今の俺の答えです。レティシアさんは、どうしたいですか?」
サイラスの問いかけ。
しんと、沈黙が訪れる。
何か言おうと息を吸ったレジーナを、レティシアは片手で制した。
立ち上がった。震える足で壇上を降り、歩く。ドレスのさらさらとした衣擦れの音が、やけに大きく響いた。
大切な人のところへ、一歩ずつ進む。
レティシアの答えはもう、とっくに決まっていた。
「……私は」
彼の目の前に立った。袖口で、青い薔薇のカフリンクスが光を反射している。それと同じ色の瞳を、正面から見つめ返した。息を吸って、吐き出す。
この場所で出会ってからのことが次々と胸をよぎる。
レティシアはたくさんのことを知った。自分の意見を口にすることは、もう怖くない。
「貴方と一緒に、探したい……」
探りながら告げた言葉が、心にぴたりと収まる。
これが自分の選択だ。
そう気付いたら、もう止まれなかった。
「サイラス様と、明日も生きていたい……!」
叫びながら、更に踏み出した。ドレスの裾が翻る。最後に見えたのは、彼が目を丸くしたところ。自分からその胸へと飛び込んだ。
求めて止まなかったぬくもりに包まれて、レティシアはそこにそっと手を沿わせた。どきどきとほんの少し早い鼓動に、触れる。
驚いていたのに、サイラスはちゃんとレティシアを受け止め、抱きしめ返してくれた。力が強くて苦しい。
まだ何も解決していないし、未来の保証なんてなにもない。なのに、こんなにもレティシアは満たされていた。
どちらからともなく身を離す。サイラスは珍しく、頬をほんのりと赤く染めていた。
「……大胆ですね」
「はい。貴方に、会いたかったから」
サイラスは困ったように微笑んで、それから壇上に取り残されたレジーナに視線を向けた。彼女は冷ややかな目線で、レティシアたちを見下ろし続けている。
扇で隠されたその表情は、いつも以上に読めない。
「夫人、構いませんよね?」
サイラスが静かに言葉を告げる。レジーナは最初、何も言わなかった。真意を探るように、レティシアとサイラスに交互に視線を向ける。
長い沈黙の後、レジーナはゆっくりと扇を閉じた。
「セレスト様の覚醒こそが、私の望みです。それを邪魔しないと言うのなら、好きにすれば良いでしょう」
「はい。ありがとうございます」
「ただし、妙な真似をすれば……わかりますよね?」
「そんなことはしませんよ。それは俺を信じてくれたレティシアさんへの裏切りになる」
サイラスは肩を竦めた。彼の揺るがなさに、レジーナの無表情が微かに歪む。
「タイムリミットは明日の夜明け――日の出と同時です。それまでに出来ることがあるというのなら、やってみせて下さいな」
突き放す言葉の裏に、明確な侮蔑を感じる。どうせ何もできないとたかを括っている叔母の態度に、レティシアは唇を噛んだ。
「ええ、やってみせますよ」
強い言葉に隠されているけれど、サイラスの声色に緊張の色が混ざっている。それを感じ取って、レティシアはそっとその手を取った。彼の指先は氷のように冷たい。
(サイラス様……)
この決断をするまでに、どれほどの葛藤が必要だっただろう。少しでもその心に寄り添えるように、レティシアは彼の手をぎゅっと握りしめた。
「行きましょう」
サイラスが手を握り返してくれる。
「……はい!」
ざわつく声に背を向け、レティシアとサイラスは並んで会場を飛び出した。




