53:招待状
「……完成だ」
ティンバー公爵家の研究室で、サイラスは声を震わせていた。執務机には、大小様々な魔石が転がり、その中央には眩く輝く魔法陣がある。
「精霊だけを、消滅させる魔法」
呟いた瞬間、急激な脱力感を覚え、サイラスは小さく手を振って魔法陣を消し去った。
魔法の根元でもある精霊に抗う魔法など、存在しない――その通説を、サイラスは打ち破ろうとしていた。魔力が精霊に通用しないのなら、自分の生命力を行使する魔法を生み出せばいい。
その推測は、今ここに実現した。この魔法をセレストの本体、あの精霊の涙に当てることができれば、セレストだけが消滅し、レティシアは解放される。
(貴女はずっと、俺の魔法を信じてくれていた)
ここにいない人のことを想うと、胸の鼓動が早まった。
皮肉なことに、レティシアが好きだと思ってくれた魔法が、彼女の望まない結果を引き寄せることになる。
レティシアは悲しむだろう。そして、その顔を見て、自分は必ず後悔する――それは容易に想像できたが、踏みとどまることは決してできない。
窓の外、庭の緑は少しずつその輝きを落とし、季節は秋へと向かい始めていた。レティシアが18歳の誕生日を迎える日まで……命の期限まで、もうあと僅かしかない。
そう思った瞬間、サイラスの防衛魔法が発動する気配がした。
(こんな時に、侵入者……?)
疑問に思いつつ、サイラスは席を立った。
正門前で、侵入者は防衛魔法による光の鎖で吊るされていた。彼は正門を正面突破しようとしたのだろうか。サイラスは少し呆れてしまう。
「何かご用ですか」
近寄って声をかけると、吊るされた男――メルヴィンは、逆さまになったまま体を揺すってもがいた。
「こ、これを外してくれっ!」
もがけばもがくほど、鎖の拘束は抵抗の意思ありと見なして拘束を強めていく。それに気付かず、メルヴィンはまた暴れる。絵に描いたような悪循環だった。
「……わかりました」
一応、彼は王子だ。サイラスは素直に従い、魔法を解除する。光による拘束を失い、メルヴィンは地面へと落下した。痛いなどと喚いていたが、彼の要望通りにした結果なので無視することにする。
「それで、なぜ屋敷を訪れたのですか?」
言葉は丁寧に、しかし警戒は怠らずに、サイラスは問いかける。メルヴィンは立ち上がり、ごほんとひとつ咳払いをした。
「……その」
言いにくそうに、メルヴィンは視線を逸らす。
「レティシアに、謝りたくて……」
そう告げた彼の姿は、いつになく小さく見えた。
「なぜ?」
「お前たちが城に来た日、レティシアに拒絶された。あの意味を、色々考えてみたんだ……」
サイラスは返事をせず、メルヴィンの出方を伺う。
「それで、思い出した。昔、レティシアに婚約を申し込んだのは俺からなんだ。最初は純粋に、彼女がかわ……じゃない、守ってやりたいと思っていた。それがいつの間にか、彼女を……支配することにすり変わっていた。レティシアに言われて、それに気付いたんだよ」
彼女は守らなければならないほど弱い人間じゃない。口に出かけた反論を飲み込んで、サイラスは視線で続きを促す。
「だから謝って、やり直したい」
「なるほど、よくわかりました。……レティシアさんに会わせることはできませんから、お引き取りを」
サイラスが淡々と告げると、メルヴィンは目に見えて動揺し始める。
「どうして!」
「お気付きではないかもしれませんが、それは貴方の都合ですよね。レティシアさんは貴方の助力も、謝罪も、必要としていません」
サイラスの言葉に、メルヴィンは悔しげに押し黙った。
その反応を、少し意外だなと思う。今までの彼であれば喚いたり、逃げ去ったりするだろう。この場でサイラスの言葉を噛み締めている……それ自体が、彼が心から反省している何よりの証のような気がした。
彼も、変わり始めている。
「なら、どうすればいい。彼女はこのままだと、もうすぐ死んでしまうんだぞ!」
……発展途上で、先は長そうだが。
「そのことについては、もう手がありますからご心配なく」
サイラスは懐から一通の手紙を取り出し、メルヴィンに見せる。
「招待状……! まさか、お前も呼ばれたのか?」
「はい。……牽制のつもりでしょうね」
差出人はオルコット家の当主代理をしているレジーナから。レティシアの誕生日の前夜に、オルコットの次期当主のお披露目会を行うらしい。
「まさか、行くつもりか? 明らかに罠だろ」
「そうですね……」
レジーナはサイラスがセレストを消滅させるつもりでいることを百も承知しているはず。敵対しているサイラスをわざわざ招待する理由なんて、牽制か、監視か。
どちらにせよ、他の招待客は皆レジーナ側の人間だろう。サイラスは敵陣にひとり飛び込むことになる。
「孤立無援だとしても、行かねばレティシアさんに会えませんから」
オルコットの屋敷を見張らせている部下から、レティシアが屋敷に戻ってきていること、警備の兵が増え厳戒態勢が敷かれていることの報告は受けている。
向こうは向こうで、こちらの研究所の外に見張りを置き、サイラスの動きを監視しているらしい。お互い膠着状態なのだ。
「いやいやいや、わざわざ危険を犯す必要あるか? 公爵家の権力を使うとか、魔法で強行突破するとか……」
「可能性の話であれば『可能』ですが、それでは意味がないのですよ」
サイラスは招待状をしまい込む。メルヴィンを静かに見据えると、彼は居心地悪そうに視線を逸らした。
王家に生まれ、何不自由なく過ごし、その上に胡座をかいて生きてきた男。――彼のようにならないために、サイラスは正統性を失ってはならないと思った。
「俺は、レティシアさんと争いたい訳じゃない」
「そうかよ。お前がそうするなら止めないけど。あ、お前ひとつ間違ってるぞ」
「何がですか?」
サイラスが聞き返すと、メルヴィンは得意そうにふんぞり返り、腕を組んだ。
「孤立無援じゃなくて、俺がいるだろ! お前の唯一の味方だっ!」
自信に満ちた声が、中庭にこだまする。
「……そうですか。お気持ちは受け取っておきます」
サイラスは、ほんの一瞬だけ視線を伏せる。
彼にはきっと、救う側の責任を引き受ける覚悟はないだろう。
(俺は違う)
必ず、救ってみせる。
袖口のカフリンクス――花祭りの日に、レティシアが贈ってくれたそれに、そっと触れた。
もう、彼女と仲良くする資格はないというのに。




