52:再会の道筋
レジーナの一声で、メイドたちがてきぱきとお茶会の準備を整えていく。彼女たちはレジーナの手前、レティシアに対して嫌な顔ひとつせずに給仕をしてくれた。この家を支配しているのは誰なのか、その態度が雄弁に物語っている。
「さ、頂きましょう」
レジーナは流れるような所作で、お茶を口元へと運ぶ。レティシアもそれに倣ったけれど、紅茶はなんの味もしなかった。
かちゃんと、カップをソーサーに置いた無機質な音が響く。レティシアの無作法を指摘することもなく、レジーナはにこにこしていた。
「魔法が使えるということは、セレスト様の声も聞こえているのでしょう? いよいよね!」
レジーナは未婚の娘のようにはしゃぎながら、レティシアの顔を覗き込んでくる。
「叔母様は、セレストのことをご存知なのですね。私は最近知りました」
「ええ。お姉様が、貴女には詳細を伝えないようにって仰ったから、私もずっと言えなかったのよ。でも、気付いたのね」
「お母様が……」
レティシアは母の顔を思い出そうとしたけれど、もうよく思い出すことができなかった。代わりに、母によく似た金髪をそっと手で梳かす。
「オルコットは、精霊セレストの巫女を担う家系、なのですよね」
「そうよ。……今から18年前、神殿からオルコット家にひとつの通達があったの。『オルコットの家に次に生まれる女児が、精霊セレストの器である巫女だ』とね」
レティシアの指先がびくりと跳ねる。そんな仕草に、対面する相手は気付かない。
「当時、家を出ていた私も、跡継ぎだったお姉様も妊娠中だった。先に生まれたのは、早産だった貴女よ」
レジーナは慈愛の眼差しをレティシアへと向けた。それは、こちらを通り越して姉を、レティシアの母を見つめている。
「巫女は、ずいぶん前に廃止されたと聞きましたが」
「それは、人間の都合。セレスト様には関係ないわ。……教会側は、失われつつある信仰心を繋ぎ止めるために、生き神をずっと求めていたのでしょうね」
『教会が、そんなことを……』
セレストが、心の中でざわついた。彼女も知らなかったことなのか、動揺していることが伝わってくる。
(お母様は、私が背負ったものを最初から知っていて……ずっと、私が普通に生きていけるようにしてくれていたのね)
レティシアは視線を落とし、ネックレスに触れた。もし最初から18歳で死ぬとはっきり知っていたら、レティシアはどうしていただろうか。絶望し、生きる気力がないまま、今この時を迎えていたかもしれない。
「ああ、でも良かった。貴女は巫女として立派に育ってくれた。これで、きっとお姉様もお喜びになるわ」
レジーナは恍惚の表情を浮かべている。
(この人は……)
決して、レティシアの味方ではない。彼女はレティシアを通して、母の姿しか見ていない。
それを痛烈に思い知りながらも、レティシアは自身の目的を果たすために、彼女と情報を共有することに決めた。
「……叔母様。ティンバー公爵様が、セレストを消滅させようと画策しています」
脳裏に、別れ際のサイラスの顔が浮かぶ。
これがレティシアの選んだ道だ。そこに迷いなんてないはずなのに、握り潰されたかのように胸が痛む。自分を助けようとしてくれる人の心を踏みにじって、それでもレティシアにも譲れないものがある。
「まあ。何てこと……」
レジーナは予想通り、眉をひそめてくれた。
「わかりました。神殿の力も借りて、屋敷の守りを固めましょう。それから、公爵を排除しておきたいところね」
彼女の発言に、レティシアは弾かれたように視線を上げる。
「それは……!」
「だってそうでしょう? 公爵はとても優秀だもの、セレスト様を消滅させる方法を見つけ出してしまうわ」
レジーナは本気だ。確かにわかりあえてはいないけれど、レティシアは彼を排除したい訳ではない。
ティーカップを持つ手に力が入る。
「叔母様、私は彼にとてもお世話になりました。なので手荒なことはして欲しくないのです」
真摯に、そう訴える。レジーナはレティシアの真意を探るようにじっと見つめて、それからにこりと微笑んで頷いた。
「……そうね。レティシアが長くお世話になった方だし、彼のおかげで貴女が前向きになってくれたのだものね」
レジーナはくるくるとティースプーンをかき回しながら、何かを考え込む。
「でも、セレスト様を消されるのは困るわ。彼の屋敷を見張らせて、動向を監視しましょう。それから……期限が近付けば、なりふり構わず乗り込んでくる可能性があるわね」
ぶつぶつと呟くレジーナの様子を、レティシアは努めて無表情で見守った。
「そうだわ、誕生日前夜に、セレスト様のお披露目会を開くの。そこに招待してしまいましょう。さすがに彼も、公的な場で暴れる訳にはいかないものね?」
「……っ」
レティシアのティーカップに、波紋が生まれる。
彼と会ってしまったら、レティシアはきっとまた、死ぬことが怖くなる。けれど、セレストが消滅させられるかもしれないことも、怖い。
すべてから逃げ出したいと思いつつも、それができないことは理解している。
「わかり、ました」
震える声で、返事をする。サイラスと再会した時に平静を装える自信は、まだない。
「お姉様の選んだ道――私が、達成してみせるわ」
レジーナが微笑む。
『レティシア……』
呼び掛けてくるセレストの声は、レティシアを労るように優しい。だからこそ、レティシアは前を向く。一度振り向いたら、きっと折れてしまうから。
「叔母様、まだお母様の部屋はそのままになっていますか?」
「ええ、もちろん。何か、用事があるの?」
レジーナの声が、ほんの僅かに低くなる。
「はい。巫女について、もっと知っておきたいと思って」
嘘じゃない。
けれどレジーナに真意が見透かされはしないかと不安になり、鼓動が早くなる。
レジーナはレティシアを真顔でじっと見つめて、それからふわりと雰囲気を崩した。
「素晴らしい心がけね。ええ、お姉様が亡くなった当時のままにしてあるから、好きにお使いなさい」
「ありがとうございます」
レティシアは頭を下げた。




