表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/69

16:変わりはじめたもの


 サイラスの研究所はこの日、朝から慌ただしい空気に包まれていた。

 

「レティシア様っ、そっちのお鍋をお願いします!」


「はい!」


 クレアの指示の元、レティシアは今にも吹き零れてしまいそうな鍋の前に立った。竈を制御している魔石に触れて動力を絶ち、火を止める。


「真剣な表情のオルコット嬢も素敵ですね。どうでしょう、この場はクレアに任せて僕と町にでも――」


「ロードリックさんは口より手を動かして下さい!」


「はいはい、承知しましたよ鬼軍曹さま。怒った顔も可愛いね」


 クレアの鋭い指摘に、ロードリックは肩をすくめて目の前のまな板に向き合った。包丁を持つ手は、素人のレティシアから見てもたどたどしく、不安を掻き立てる。

 

「しかし、厨房担当が全滅とはね。敵は人員不足という我々の弱点をよく知っているようだ」


「敵って何ですか。バカなこと言ってないで、手を動かして下さい!」


 風邪が流行しており、今日は厨房担当が誰も出勤できないらしい。なので急遽、レティシアたちが厨房に立つことになったのだ。

 

 けれどレティシアとロードリックは調理経験ゼロ。 

 主にクレアが料理をして、ロードリックが包丁と洗い物、レティシアがその他雑用全般を担当し、どうにかこうにか食べられるもの――色々なサンドイッチと野菜のスープが完成した。

 種類は少ないし、具材の大きさはまちまちだけど、とにかく完成はした。


「いつも料理を作って下さる方に、感謝しなくてはいけませんね……」


 レティシアがそう溢すと、クレアとロードリックが同時に頷いた。


 と、背後で扉が開く。まだ眠そうな顔で現れたのはセシルだった。テーブルの上に乗っているサンドイッチと、疲弊した表情のレティシアたちを交互に見つめる。


「なに。あんたたちが作ったの?」


「はい。モーガンさんたちは風邪でお休みですから、クレアさんが作ってくれました。私はお手伝いだけです」


 レティシアが答えると、セシルはささっとテーブルに近寄ってきた。迷わずハムとチーズのサンドイッチが乗った皿を手に取る。


「ちょっと、手は洗ったの? それに野菜も食べなさい」


 鬼軍曹(クレア)の視線が、ギロリとセシルを見据える。


「うるさいな。洗ってきたし」


 野菜については完全無視して、セシルは厨房の隣にある使用人のための食堂に向かった。その姿が扉の向こうに消える寸前、ちらっとこちらを振り向く。


「あのさ、あんたみたいなお嬢様がここまでやってあげる必要ある? 出来合いのものを買ってくれば良くない?」


 その言葉を残して、セシルはバタンと扉を閉めた。残された3人で、顔を見合わせる。


「……その発想はなかったですね」


 ロードリックがぽつりと呟く。今度はレティシアとクレアが同時に頷く番だった。






 セシルの提案を受けて、昼食はロードリックが人数分の食事を街で買ってきてくれた。多分屋敷の全員が、セシルのに感謝しただろう。

 

 空になったバスケットを荷馬車に運んでいると、玄関ホールにサイラスがやって来た。昼間なのに、どこか気だるげで眠そうだ。


「どうかしたのですか?」


 彼はたくさんのバスケットがある理由がわかっていない様子で、心底不思議そうな顔をしていた。


「モーガンさんたちが風邪でお休みなんですよ。だから昼は街に買いに行ってきたんです」


「ああ、なるほど」


 ロードリックに説明され、ようやく事情を理解したらしい。

 

(公爵様は朝食を食べていないのかな?)


 そんな疑問が浮かぶ。サイラスはいつ、どこで食事をしているのだろう。不思議な人、という印象が強まる。

 

「やはり使用人が少ないのは不都合があるだろうか」


 サイラスが悩むように顎に手をやった。


「無闇に増やすのは反対です。あ、女性ならいつでも大歓迎ですよ」


「もう、サイラス様が本気にしたらどうするんですか! あの、私も反対です」


 ロードリックとクレアが次々と意見を出していく。居候の身だし口にはしないけれど、レティシアも同じ意見だ。知らない人が増えれば、実家にいた時と同じように息がしにくくなってしまう。そんな気がした。


 レティシアの視線の先で、サイラスはブックホルスターから魔道書を引き抜いた。


「なるほど。では、魔法で代用できないか試してみようか」


 言うが早いか、サイラスは足早に厨房へ向かって歩いていった。その瞳はキラキラと輝いている。


 彼の様子に、慌てたのはクレアだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 私すっごく嫌な予感がします」

 

「奇遇だね、僕もだよ」


 ロードリックが小走りでサイラスを追いかけた。レティシアとクレアも後に続く。


 厨房にたどり着いた時、サイラスはすでに魔法を発動させていた。


 魔法のお茶会と同じように、食器類がふわふわと宙に浮かんでいる。まだ洗われていなかった食器たちは我先にと流しへと飛び込み、洗われ、水気をしっかり取った上で食器棚に静かに収まる。


「すごい……これなら、みなさんがとても助かると思います」


「そうでしょう?」


 サイラスがレティシアに視線を向けた。その表情は心なしか誇らしげだ。

 ついでとばかりに、雑巾が床に落ちた水滴を拭い、箒が掃き掃除をしてくれる。


「これなら、まあ……」


 と、クレアが絆されかけた瞬間だった。


 洗われたナイフがカトラリーケースに飛び込もうとしたのに、タッチの差で他のナイフに場所を奪われてしまう。ナイフは行き場所を失って混乱したのか、宙を不規則な軌道で飛び回り始めた。


 厨房内にぎらりと輝く銀の軌跡が描かれる。魔法による制御を完全に失っていた。


「きゃあっ!」


 クレアが悲鳴を上げて床に伏せる。ロードリックは目を細め、レティシアを守るように一歩距離を詰める。


「サイラス様! 何とかしてください!」


「戻りなさい」


 サイラスの命令で、ナイフはぴたりと空中で動きを止めた。とはいえ止めただけで、カトラリーケースには戻ろうとしない。


 これは魔法だ。なら――


(私に、できることがあるはず)


 怖いながらもレティシアは進み出て、ナイフの柄に手を伸ばした。指先が触れた瞬間、魔法の力は一気に消え失せ、ナイフは重力に従って自由落下を始める。

 床に転がる寸前、ロードリックがそれを器用につかみ取り、手動でカトラリーケースに戻してくれた。


「すみません。助かりました」

 

 サイラスがしゅんとしてレティシアに頭を下げる。


「いえ、お役に立てて良かったです」


「良くないですよ! やっぱり失敗魔法じゃないですかっ!」


 立ち上がったクレアがサイラスを恨みがましい目で見つめた。


「まあまあ、面白かったしいいんじゃないかな」


「ロードリックさんは甘いです! 誰かが怪我をしたらどうするんですかっ」


 その言葉に、サイラスははっと表情を変えた。


「……すみませんでした」


 サイラスの声色は、いつになく沈んでいた。肩を落とし、目を伏せている。彼のそんな様子を見て、レティシアは妙に心がざわざわとした。


 いつものような顔を、見せて欲しい――


 そんな気持ちで、言葉を探す。

 

「――あの、すごい魔法でした。みんなのために頑張ろうとしてくださったんですよね」


 口にしてから、漠然とした意見だなと思う。


「これも、貴方の山ほどある失敗のひとつ。ここから成功の道を探っていく……ですよね?」

 

 いつか聞いた、サイラスの台詞を引用する。


「……!」


 サイラスは一瞬、言葉を失ったようにレティシアを見つめた。


「そう、です。……そうですね、ありがとうございます。貴女がいてくれて、とても助かります」


「……私は、自分の体質でできることをしただけですから」


「それだけじゃないですよ。俺に冷静な意見をくれました」


 サイラスは一度、口を閉ざす。

 言葉を探すように視線を彷徨わせる。それからレティシア

を見て、唇の端にはにかむような笑みを浮かべた。


「……頼りにしています」


 まっすぐな瞳。そこにいつもと僅かに違うものを感じ取って、レティシアは俯いた。顔に熱が集まって、彼の顔を見られない。


「はい」


「もうっ、あんまりレティシア様に迷惑かけちゃダメですよ」


 クレアの声がした。ふわふわした空気がぱちんと破れて、現実に引き戻される。


「これじゃどっちが主かわからないですね」


 ロードリックは苦笑いを浮かべている。


 いつも通りの穏やかな空気。

 その中で、自分だけが何か変わったような気がした。レティシアはそっと、ざわつく胸に手を置く。


 ちゃんと、役に立てた。


 その事実を、ゆっくりと噛みしめた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ