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12:花の種とアップルパイ


 土人形(ゴーレム)は、とてとてと覚束ない足取りでレティシアの前までやってきた。短い手を一生懸命動かして、つぶらな瞳でレティシアを見上げている。


「俺がこれを動かすので、貴女の力で止めて頂いていいですか?」


 レティシアはぎゅっと手を握った。


「わかりました……」


 とりあえず、先程の箱と同じように、レティシアは直接手で触れてみた。鉱物だからつるりとしていて、冷たい。

 

 レティシアに触れられて、土人形はぴたりと動きを止める。それどころか、手足が外れ、胴体がごろりと床に転がってしまった。視界が歪み、レティシアは軽く目を閉じた。これは、魔法を『還元』している副作用のものなのかもしれない。


 目を開けても、土人形はそのまま、ぴくりとも動かない。


(ど、どうして?)


 レティシアは声も出せずに硬直する。胸がずきりと痛んだ。


「……すみません、失敗です。魔法でできているものですから、貴女が直接触れると壊れてしまうようですね」


「そんな……どうしましょう、私……」


 サイラスが創ったものを壊してしまった。そんな罪悪感でいっぱいになる。


「大丈夫です。また創ればいいのですから」


 サイラスは再び魔法を使い、外れてしまった手足をくっつける。何事もなかったかのように再び立ち上がった土人形を見て、レティシアはほっと胸を撫で下ろす。


「手を触れずに止める……どうすればいいのか、検討もつきません」


「そうですね……」


 サイラスは考え込むように、顎に手をやった。


「俺が魔法を使う時は、自分の中にある魔力を意識して、力を解放しています。オルコット嬢は自分の中に力の感覚を感じ取れますか?」


 彼の言葉に従い、レティシアは目を閉じ、己の内側に意識を向けてみる。


 最初は、暗闇ばかりで何も感じなかった。深呼吸をして、意識を更に集中させる。

 

(……?)


 ふと、何かの瞬きを感じた。小さくて温かいもの。そして空っぽな自分の中で、たったひとつ大きな力を秘めたもの。

 それを意識的に掴もうとしてみても、本物の光のように実態がなく、通りすぎてしまう。


 これが、サイラスの言う『力』だろうというのはわかる。


(こんな力、なければ良かったのに)


 咄嗟にそう思った。

 掴んで、自分の中から追い出してしまいたい。そうすればきっと、レティシアは普通の人に近付ける。強い願いと共に、意識の手を伸ばす。

 けれどレティシアには、どうやってもそれに触れることができなかった。足掻けば足掻くほど、それは遠ざかっているようにすら感じる。


 もう、指先すら届かない。


 レティシアは目を開けて、ため息をついた。


「……よく、わかりません。すみません……」


 そう言うのが精一杯だった。

 

「構いませんよ。前例のないことですし、いきなり成果が出るとは思っていませんから、大丈夫」


 サイラスの声が優しいから、ますます片身が狭いと感じる。胸元のネックレスに、そっと手を添わせた。

 

 結局、レティシアはどこにいってもお荷物なのだ。


 ――役立たず。


 嗤う元婚約者の言葉が、頭の中で反響する――


「違いますよ」


 レティシアの心を読んだかのように、サイラスが言った。落とした視線の先、土人形までもがレティシアを心配そうに覗き込んでいる。


「貴女のことですから、きっとご自分を責めているのではないですか? まるっきり予想外れではないと思っていますが、どうでしょう」


「……そう、です」


「そんなこと、少しも気にする必要ないんですよ。実験や研究には失敗がつきもので、そこから成功の道を探すものです。俺の失敗談など山ほどありますが、聞きますか? ……ああ、いや、お茶の件がもう失敗でしたね」


 恥ずかしそうにほんのりと頬を赤くするサイラス。彼の心を映すように、顔を隠す仕草をする土人形。 

 それらを見て、レティシアの心の荷物がひとつ、軽くなった気がした。


(失敗しても、いい……)


 サイラスのような立派な人でも、クレアに怒られるような失敗をやらかしているのだ。お茶が失敗したからといって、レティシアはサイラスを嫌ったり、避けたりしない。

 

 彼も、きっと一緒だ。

 失敗そのものでレティシアを見捨てたりしない。大事なのはきっと、失敗をどう取り戻すかということ。


 それに、魔法が心から好きだからこそ、彼は失敗を笑えるのだと思った。その強さが、眩しい。


 ふと、サイラスがレティシアの顔をじっと見ていることに気が付いた。


「そういう表情、いいですね。俺の、魔法の話を聞いてくれて嬉しいです」


 サイラスは何気ない口調でそう言って、それから何か考え込むように一瞬、視線を逸らす。


 彼に指摘されてはじめて、レティシアは自分の口角がほんの僅かに上がっていることを自覚した。咄嗟に口許を押さえ、俯く。これでは、また顔が上げられない。


「隠してしまうのですか? 勿体ない」


「公爵様は、時々意地悪だと思います……」


 か細い声で抗議したら、サイラスに笑われてしまった。だけど、それは決して嫌な気持ちにはならなかった。


(なんだろう、これ……)


 ここに来て、サイラスやクレアと過ごすうちに、レティシアの心は少しずつ変わっていた。 

 最初はオルコット家から逃げるためだった。けれどいつしか、この場所が心地よいと感じ始めている――それは、いい変化のように思えた。


「オルコット嬢に、意地悪な俺からひとつお願いがあります」


 サイラスは魔法を使わずにデスクまで歩いていって、引き出しから小さな紙袋を取り出す。

 それを受け取ったレティシアは、ゆっくりと中を確認する。袋の底に、何かの植物の種が数個、転がっている。

 

「この種を、花が咲くまで育てて頂けませんか。鉢植えに今蒔けば、秋には花を咲かせると思います」


「私でいいのですか? クレアさんの方が適任なのではないですか?」


「貴女に育てて欲しいのです。何せ、なるべく魔力の影響を受けないように育てたいので」


 それは、魔力ゼロのレティシアにしかできない仕事。レティシアは思わず、袋を胸に抱えた。

 必要とされている――サイラスの言葉に、レティシアの胸の奥があたたかくなる。


「……わかりました。精一杯育てます」


「はい、お願いします。もちろん、クレアに手伝ってもらって構いませんから、無理はしないでくださいね」


 サイラスが微笑んだところで、コンコンと扉がノックされた。彼の許可を得て入室してきたのは、ティートロリーを押したクレアだった。

 研究室にふわりと甘く、香ばしい香りが満ちた。


「あー!! サイラス様、また! またあの失敗作をレティシア様にお出ししたんですか!?」


 クレアが目ざとくローテーブルの上のお茶を見つけて叫ぶ。観察眼が鋭すぎる。


「クレアさん、私がお願いしたんです」

 

 サイラスが責められないよう、レティシアが口を挟む。


「まあ、それなら……」

 

 クレアはそれを聞いてサイラスを睨みつつも納得しかけた――けれど、また首を横に振った。


「いいえ。レティシア様が自分から淹れて欲しいって言うわけないじゃないですか。どうせ、サイラス様が誘ったんでしょう!」


 クレアの洞察力が高すぎる。サイラスは昨日と同じく、すみませんでした……と肩を落としていた。


「まったく! ……サイラス様も反省したみたいですし、お茶にしましょう。レティシア様、座ってください」


 クレアに言われて、レティシアはまたソファに腰を下ろす。サイラスも向かい側に座った。


「オルコット嬢、今日の研究はここまでにして、お茶を頂きましょう。今日はとっておきのものがあるんですよ」


 サイラスが優しく微笑む。クレアが手早くローテーブルの上を片付け、そこにふたり分の紅茶と、アップルパイを並べた。


「あ……!」


 焼きたてのアップルパイに、目を瞪る。まさか、昨日好物だとレティシアが言ったから、わざわざ用意してくれたのだろうか。


「これは、私たちからの気持ちですよ」


 サイラスが穏やかに言う。


「はい! 遅くなっちゃいましたけど、私たちはレティシア様を歓迎します!」


 クレアがニコニコしている。


 レティシアの息が詰まる。

 ふたりの顔を見比べて、それから目の前のアップルパイを見た。レティシアの些細な一言を覚えていて、ふたりで示しあわせて、用意をしてくれた。そこに込められた気持ちに、胸がいっぱいになる。


「ありがとう、ございます……」


 こういう時に笑えればいいのに、さっきの表情をどう再現したらいいかわからない。表情を動かそうとあれこれやってみたけど、結局レティシアは泣きそうな顔になってしまう。


 ふたりとも、そんなレティシアを温かい眼差しで見つめていた。


(ここに来て、良かった)


 心からそう思う。


 甘い香りに、涙が溢れそうになる。

 頂いたアップルパイは、遠い昔――両親と食べたものと、同じ味がする気がした。






 *






 自室に戻ったレティシアは、クレアから鉢植えや土、肥料なんかのガーデニング用品を預かり、貰った花の種を蒔く。鉢植えに水をやるのも、クレアの助言を受けながら自分でやってみた。 


 はじめて貰った自分だけの役割。命令ではなくて、自分の意思で動くことに、心がドキドキしていることを自覚する。こんなの、何年ぶりだろう。


 見ていたって芽が出るわけではないのに、ずっと湿った土を眺めていられる。


 サイラスは秋に咲くと言っていた。そこまでレティシアがこの別邸にいるのだと――置いてくれるつもりなのだと、言外に含ませて。


(私は……秋まで、ここにいられるのかな)


 そう思うと、胸のどこかに鈍い痛みが走った。

 今が過ごしやすいと思うからこそ、ずっと忘れていた不安が忍び寄ってくる。




 ――どうせレティシアが18歳になれば、この関係は終わりだ。 


 元婚約者に言われたレティシアの『期限』は――夏の終わり。


 メルヴィンはずっと、レティシアとの婚約は18歳の誕生日までだと口癖のように言っていた。その日に、レティシアは命を落とすのだからと。


 彼の言葉には、何の確証もない。レティシアだって本気で信じてはいないし、そもそもそれならそれでいいと思っていた。何も持たなかったから、惰性で生きていたから、何の未練もなかった。


 でも、今は違う。


 レティシアに与えられた部屋には、鉢植えがちょこんと置かれている。ドレッサーの上にはクレアがつけてくれる髪飾りが置かれていて、ロードリックからもらった花束も花瓶に生けてある。


 その光景に、心の奥底から言葉にできない何かが込み上げてくる。


(……怖い)


 レティシアは初めて、18歳を迎えることに怯えた。


 サイラスに話せば、何か策を考えてくれるかもしれない――そんな考えが、胸の奥で芽生えかけ、すぐに自分で打ち消した。レティシアはただの研究対象だ。自分の問題を打ち明けることなど、できない。


 レティシアは黙って目を伏せた。 



 



1章 完


お読み頂き、ありがとうございます。

活動報告に1章あとがきを書きましたので、そちらも見て頂けると嬉しいです。

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