11:力の使い方
昼食が終わった、うららかな午後。またサイラスに声をかけられ、ふたりで研究室を訪れていた。クレアが心配そうにこちらを見ていたけど、やはりついては来なかった。
「今日も、よろしくお願いします」
レティシアはぺこりと頭を下げた。場所は例の書斎――研究室。前回と同じく、レティシアとサイラスは向かい合ってソファに座っていた。
「どうされますか?」
サイラスは優しい顔で、ティーセットが入ったキャビネットを示す。
自分が選ばなければならない重圧感に、レティシアは膝の上に置いた手をぎゅっと握る。反射的に身構えてしまっても、サイラスはその表情を崩さない。
息を大きく吸って、それから吐き出す。
「お願いします」
覚悟を決めれば、言葉はするりと出てくれた。サイラスは目を細めて微笑み、昨日と同じく魔道書に手を添える。
キャビネットからティーセットが飛び出し、ひとりでにお茶の準備を始める。
その合間に、レティシアはこっそりサイラスを覗き見した。
彼の表情は魔法を使っているからか、真剣そのものだ。けれど青い瞳に浮かぶ光だけは、楽しげに輝いているように見える。
ややあって、紅茶が完成した。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
レティシアは頭を下げてから、ティーカップの中を見た。琥珀色の液体が入っているのは昨日と同じだけど、今日はちゃんと紅茶の香りが漂っている。
一口含んで、思わずレティシアはサイラスと顔を見合わせてしまった。
「渋いですね」
「……はい。今日も失敗です」
サイラスはそう言ったけど、少しも残念そうにはしていなかった。それどころか、嬉しそうに微笑んでいる。
「初めて目が合いましたね」
優しく言われて、レティシアは慌てて下を向く。無意識だった。言われるまで、少しも気付いていなかったのだ。
(恥ずかしい……)
顔に熱が集まって、ますます上げられない。
「顔を見せてくれませんか?」
「む、むりです……」
消え入りそうな声で答えると、くすくすと笑われてしまった。
「さて、では続きですが」
サイラスの言葉に、レティシアはさっと居ずまいを正した。
「昨日、オルコット嬢は、魔法を還元することができると言いました。例えば、魔道装置から動力となる魔力を取り上げることができるということです」
それは、前回聞いた話だ。レティシアは頷く。
「例えば、これです」
サイラスはローテーブルの上に置かれていた小箱を示す。彼が蓋を開けようとしても、鍵がかかっているのかびくともしない。
「魔法で鍵をかけてあります。オルコット嬢が触れれば、おそらく魔法は解けて箱は開きます。やってみて下さい」
「は、はい」
レティシアは恐る恐る、小箱に手を伸ばす。指先が触れても、特別何かを感じることはなかった。レティシアの手で、小箱の蓋がすっと、何の抵抗もなく開かれる。代わりに、レティシアはまた軽い眩暈を覚えた。
箱の中身は空だった。
サイラスが蓋を閉めて、また開ける。今度は彼の手でも蓋が開いた。
「今、オルコット嬢は鍵を魔力に還元することで、解除してみせたんです。還元したものは元に戻せませんから、勝手に鍵がかかったりはしません」
「刺繍の糸を切って解くようなものでしょうか……」
「解く……いい例えですね。それをどうやら、無意識で行っているようです。魔力がゼロなこととも、関係があるかもしれません」
サイラスは渋い紅茶を飲んで、顔をしかめる。彼の手で砂糖が追加され、ティーカップの中に溶け込んでいく。
「それを自発的にコントロールできるようになれば、もしかしたら魔道装置を使うことができるようになるかもしれません」
サイラスの言葉に、レティシアの心臓がどきんと大きな音を立てた。
(私が、魔道装置を使えるかもしれない……)
それは、レティシアにとって衝撃的なことだった。生活や仕事に便利な魔道装置を自分で動かせないからこそ、元婚約者たちに役立たずと呼ばれ続けてきたのだから。
「それに、魔力ゼロである理由が、自分の魔力を無意識に解いてしまっているからだとしたら?」
レティシアは息を呑む。
自分の力をコントロールできるようになれば、普通の人間として暮らせるかもしれない。そんなこと、今まで一度だって考えたことがなかった。
心に何かが押し寄せてくるようで、どきどきと心臓が早鐘を打つ。
「オルコット嬢」
サイラスが優しく、レティシアの手を取る。あたたかいぬくもりがくすぐったいような、気恥ずかしいような――少なくとも、不快ではなかった。
「力の制御を、目指してみませんか」
優しく、けれど支えるように力強い声色に、レティシアは考える間もなく頷いていた。
「……あ、ですが……迷惑ではないですか」
言葉にした気持ちは素直なものとは程遠く、レティシアはまた俯いた。
サイラスのそもそもの目的はレティシアの体質を研究することだ。レティシアが力の制御を身につけたら、用済みになって追い出されるのではないか……そんな不安が、心を過った。けれどそれを肯定されるのが怖くて、口に出すことができない。
レティシアはここを追い出されたら、行く場所がないのだから。
(……嫌だな)
研究のためとはいえあれこれ気を遣ってくれるサイラスに対して、保身しか考えられない自分が、たまらなく惨めだと思った。
「迷惑なんてとんでもない。とても興味深い体質ですよ。どうか、協力させて頂けませんか」
「……はい」
レティシアはゆっくりと頷いた。自分の手に添えられたサイラスの手に、ほんの少しだけ力が籠った気がした。
「では、特訓を始めましょう」
サイラスが魔道書に触れる。いつもティーセットが出てくるキャビネットの隣、大きな戸棚ががたがたと揺れ始め、扉が音を立てて開いた。
そこから転がり出てきたのは、レティシアの両手にちょうど納まるくらいの、細長くてごつごつした岩だった。
よく見ると、下側には二本の棒が、短く太い足のようにくっついている。側面にも同じ形状の突起が左右にあり、腕になっているとわかった。
そうなると上部には当然、穴を開けただけの目と口がついていた。
それがひょこっと立ち上がり、こちらに向かってよたよたと歩いてくる……!
「こ、これは?」
レティシアは思わず立ち上がり、それを凝視してしまった。一生懸命短い足を動かしている姿が、なんだかとても可愛らしい。
「魔法で動かしている土人形です」
サイラスも、微笑ましいといった様子であたたかな視線を 土人形に向けていた。




