廿参
アオイの視線を追って、ユヅルも壁際へと視線を走らせた。左右を見渡し、彼はそちらへと歩み寄る。
「これは……」
そこには、色とりどりの玉飾りが陳列されていた。
アオイもユヅルのそばに寄り、そのうちのひとつをスッと指で指す。
白い玉の飾りだった。赤い組み紐がその白さをひときわ鮮やかに際立たせている。玉には桜と烏の意匠が彫り込まれている。
このとろりとした質感が最高級の月光瑞石だということを、アオイは知らない。ただ、それがとても――イツキに似合うと思い惹かれたに過ぎない。
切り出した玉を薄く削り、さらにそこに複雑な意匠を彫り込むのは、熟練の技術者でも難しい。大抵は、彫っている間にパキリと割ってしまうから。
「これを……イツキ様に?」
若干、戸惑ったような声音のユヅルに、アオイが眉を下げる。
「はい……ダメ、ですか?」
「いえ――、……いいえ、まったく問題ありません。イツキ様も、舞い上がって喜ぶでしょう」
それはもう確実に、という言葉をユヅルは意図的に飲み下した。
「は、はぁ……」
躊躇うような一瞬の間が気になったが、アオイはユヅルに背を押されるがまま飾られている玉を手に取ってみる。
それは、玉佩だった。だが通常のものよりも二回りほど小さい。店内の灯りに照らすと、蕩けるような白が目に映り込む。
やはりとても良いものだ。値段が気にかかるが、アオイはもうこれしか考えられなかった。
イツキの腰にこの白い玉が下がっていたら、きっととても映えるだろう。
さすが、コクウ領で売られているものだ、と感心する。烏の意匠がとても緻密だ。そして、この桜はきっと、領都に聳えるあの蒼月桜を模しているに違いない。
(イツキさんが買ってくれた、あの満月と白鴉の簪と、月夜桜の簪に、合いそう……)
と、そこまで考えて、ボッと頬を染めた。
まさかそんな、イツキとお揃いで歩けるかもしれないなどと……そんな烏滸がましい事を考えてしまうなんて。
(イツキさんと、こ、こ、ここ恋、人……になったけど、わ、わたしには、婚約者……がいて、これから婚約破棄? に向けて動き出すんだから、そんなこと、考えちゃ……駄目)
「アオイ様?」
目を瞑って余計な妄想を振り払うために首を振るアオイを、ユヅルが不思議そうな顔で見ていた。
もしや、玉佩を女性から贈る意味にアオイは気づいたのか? と考えるけれど、まさかなと思い直す。
(アオイ様のこの様子だと……イツキ様の贈られたものとの相性を考えて、それを否定している……といったところか)
顎に手を当て、ユヅルは考えた。当たらずとも遠からずだった。
このまま、アオイが「やっぱりやめて違うものを……」と言い出すのも時間の問題だ。
その前にさっさと会計を済ませてしまうのがいい。
そこまで考え、ユヅルは主を呼び寄せた。小声で値を尋ねる。
幸い、高価なものとはいえ、アオイ用として預かっている財布の中身で事足りる金額であった。むしろ若干余りそうだ。
「アオイ様、そちらの玉佩を包んでいただきましょう」
「ぇ、あ……はい」
ユヅルに促されたアオイは、それまでの思考を忘れ彼に向かって頷いた。なぜかユヅルが満足そうに口角を少し上げる。
ちょうどその時、店の入口あたりで品物を見て回っていたイサクとアサギリが、それぞれ包みを手にしながら奥へとやってきた。
アオイの手にしているものを見て、二人は揃って目を瞠ったが、何事もないように笑顔で頷いた。アサギリなどは少し頬を染めている。
「アオイ様、アオイ様。なぜそれを選んだのか、お尋ねしても?」
頬を染めるアサギリには気が付かず、イサクが上機嫌にアオイに問いかける。
店主に両手で持った玉佩を預けながら、アオイは真っ赤に染まった顔をそっと伏せた。
「あ、ぁの……ぉ、お守り、に……」
「ああ! なるほど! 玉佩は守護の意味もありますもんねぇ〜。そうですかそうですか」
あからさまにニヤニヤするイサクを、ユヅルは小突いた。わざとらしい大きな声に、アオイがキョトンとする。
「では、こちらをお包みします」
店主の声に、アオイがハッとして顔を上げる。
そして何度か唇を開け閉めするのを、ユヅルはしっかりと見ていた。
「アオイ様、なにか伝えたいことでもありますか?」
片手で店主の行動を止め、ユヅルは腰を屈める。アオイと視線を合わせ、穏やかに問いかけた。
涼やかでありながら柔和なユヅルの水色の瞳に、アオイは暫し魅入った。その瞳に「遠慮せずなんでも言ってください」と言われているようで、アオイは躊躇いがちに口を開く。
「あ、の……組紐の、長さを……その、もっと短く、できます、か……?」
ユヅルの瞳に勇気をもらい、アオイは店の主にそう問いかけた。
元々できあがっていた品物だ。それを直してほしいというのは、アオイの我儘だ。
けれど、どうしても紐の長さだけは変えたかった。
「……あ、あの……イツキさんは、護衛剣士、だから……。あまり長くて、お仕事の邪魔になっちゃうのは、嫌、で……。でも、その玉佩……とても、イツキさんに、似合うなって思って。それがいいって、思って……。だから、あの……我儘言って、ごめん、なさい……っ」
恐縮してアオイの語尾がどんどん小さくなっていく。アオイ自身、もう何を言っているのかわからない。思うがままに話してしまっている。
そのアオイの言葉にイサクが感じ入ったように両手で口元を押さえ目を潤ませているが、目の前のことに必死なアオイは気がついていない。
息を詰まらせたユヅルが音もなくそれを吐き出し、固まったままの店主へと視線を向けた。
「店主……できるな?」
「はははははいぃぃっ!! もちろんでございます!! まさか嫡男様への贈り物とは知らず失礼いたしましたぁぁぁ!!」
アオイの言葉から、贈り先が本家の嫡男だと気づいたらしい店主は、青くなったり白くなったり、逆に興奮で赤くなったりと忙しなかった。
まあ、自身の店の品がコクウ本家の嫡男に渡ると思えば、興奮するのも已む無しではあろう。
ユヅルの圧のある確認に何度も頷きながら、店主は汗を噴き出しながら笑顔で応えた。
そして、アオイに視線を向けると少しばかり申し訳なさそうに眉を下げる。
「ただ……今すぐにというのは難しいです。一度お預かりして、長さを調整後、お届けに上がる、ということでよろしいでしょうか?」
「どれくらいかかる」
「それは……」
「来月半ばまでに出来上がれば問題ないですよ」
ユヅルの醸し出す圧にたじろぐ店主が、イサクの言葉にパアッと笑みを見せる。
「それは! もちろん! 来月の頭までには出来上がるとお約束します!」
いまは、早翠月――通称、霞染める月の後半だ。来月の初花の月まで十日も無い。
大丈夫かな? とアオイが目線で伺えば、店主は大きく頷いた。
「では、半分支払おう。残りは手直し代も含め、出来上がりを受け取る際に支払う」
「ああ、受け取りにはこちらから出向くので、あなたは来なくていいですよ」
あわよくばコクウの家に行ってみたいと考えていた――かどうかはわからないが、イサクの言葉に店主の顔色が若干悪くなった。
無言でコクコク頷く店主を不思議そうな瞳で見返して、アオイは静かに頭を下げた。
「あ、あの……よ、よろしくお願い、します……っ」
「い、いいいえええええ……こ、こちらこそ、お、お買い上げありがとうございましたぁぁぁ!!」
アオイ以上に深いお辞儀を披露した店主を尻目に、イサクがアオイを店の外へと連れ出していく。
アオイの姿が店内から完全に見えなくなってから、ユヅルは懐からアオイの財布を取り出して、言い値の半分を台に置いた。
「店主、手直しには感謝する。だが、余計なことは考えないように」
わかったな? というユヅルの圧に、店主は無言で頷くしかなかった。
ついでにこれも、と棚から別の品を持ってきたユヅルにビクビクしながらも、店主は彼の贈り物を包んでいく。
「それでは、よろしく頼む。……ここの品は良いものばかりだな」
そう言って、一人残っていたアサギリに目配せをすると、二人もまた店から出ていった。
はぁぁ……と店主の口から重いため息が零れ出た。店番用の椅子にへなへなと座り込む。
まさか、コクウ家の人間――それも本家の人間が来るとは思わなかった。とても緊張した。
それにしても、あの黒髪の儚い見た目の美少女は誰だったのだろう? 瞳の色からしてハクロウのほうの……。
そこまで考えて慌てて首を振る。余計なことを考えて、首と胴が永遠におさらばするような事態は望んでいない。
「くわばらくわばら……」
コクウ家はこの領の領主一族ではあるけれど、圧倒的な強さが逆に怖くもあるのだ。
余計なことは考えない。言われたことを着実に、誠実に。そうしていれば、このまま店を続けられるのだ。
台に置かれた白大貨を金庫にしまい、鍵をかける。
月光瑞石の玉佩を手に取り、箱に敷き詰めた布の上に丁寧に寝かせて置いた。
必死に言葉を紡ぐ少女の姿を思い出し、くすりと笑う。
これを贈られるらしいコクウ家の嫡男様が、少しだけ羨ましいと思ってしまった。
だって、あんなにも純粋に想われているのだから――。
◆ ◆ ◆
小間物店から出た四人は、今度は領都の奥の方に大きく店を構えている、食事処へと向かっていた。領都の奥の方――つまりは蒼月桜の足元に当たる。
アオイ以外の三人が手にしていた包みは、御者を呼び寄せて、馬車まで運んでもらった。
アオイたちがこの領都まで乗ってきた馬車は、都の入り口にある停留処に預けてあるらしい。御者は留守番をさせられていたようだ。
イサク曰く、彼は彼で一人有意義に過ごしているから気にしなくていい、とのことだったが。
「帰る前に、お土産……買っていきたい、です」
留守番をしてくれている御者だけではなく、アサギリと離れコクウ家で留守番組となったヤゲンやコクウ家の使用人に。それから、イツキにも。
屋敷を出発する前の、淋しげなイツキの姿を思い出し、アオイの胸が僅かにチクリとした。
「今度は、イツキさんと、ヤゲンさんと、みんなで来たい、です」
アオイの呟きに、他の三人が柔らかな笑みを浮かべた。
自身の夫の名を出されたアサギリなど、感極まったように瞳を潤ませてアオイを見つめている。
その瞳の奥に、さらなる信仰と忠誠が宿るのを、イツキとイサクだけが見ていた。
(さすが、アオイ様)
姉弟二人の思考が重なったことなど露知らず、アオイとアサギリは通りに間口を開く店舗を覗き見て、笑い合っている。
リーンリンという澄んだ音色が、風が吹くたびにその店舗から聞こえてくる。鈴の店だったらしい。絵付けの素晴らしさをアサギリと話し合うアオイは、端から見ればもう"虐げられている女の子"には到底見えないだろう。
どこからどう見ても、健康的な良いところのお嬢様だ。笑顔が、とても眩しい。
「絶対守るよ、ユヅル」
「わかっているさ、姉さん」
主の宝は、シウ姉弟の宝でもある。
アオイとアサギリの見えないところで拳を打ち付け合い、二人は揃って宝の元へと歩み寄った。
「も、お腹いっぱい、です……」
「お土産も買えて良かったですね、アオイ様」
付き従うように歩くアサギリに、アオイが満面の笑みを見せた。
「はい……!」
四人で昼食に舌鼓を打ち、また通りを練り歩きながら、屋敷の使用人たちへの土産物を購入した。
といっても、コクウ家の使用人の数は多い。あれでも他の名家に比べれば少ない方だとイサクは言うが、それでも土産を買うには数が多い。
そのため、消え物がいいだろうということになり、アオイは菓子箱をいくつか買ったのだった。
ヤゲンには、また別で一つ。アサギリと被らないようにした。
そして、イツキには茶菓子と茶葉を一式で。これは、アオイからのものと他の三人からのものとで別々だ。
ユヅルから財布の中身がだいぶ余ったと聞いたので、アオイもイツキへの土産を奮発したのだ。これは、誕生日のプレゼントとはまた別のものだ。
そうして、土産を手にホクホクとしながらまた通りを練り歩いていたら、イサクやユヅルがまたどこかから菓子などを買ってきて、食べ歩くことになったのだ。
お陰で、アオイの腹も胸も膨れてパンパンである。
「……今日、お夕飯はいらないかも、しれません……」
片手で胃のあたりを撫でながら呟くアオイの肩を、イサクが笑いながら両手で包み込む。
「あらあら。それは、困りましたねぇ。では今日は夕餉の時間を遅らせて、軽めのものにしてもらいましょう。たしかに私も食べ過ぎました」
「姉さん、はしゃぎすぎだろ」
――年甲斐もなく。
そっぽを向きながら、ボソリとユヅルが言う。その後ろに隠された言葉をしっかり受け取ったイサクが、無言でユヅルの足を踏んだ。
ユヅルの形の良い眉が一瞬歪み、すぐにしれっとした表情に戻る。
「わたしもかなりお腹がいっぱいです……屋敷に戻りましたら、一度ヤゲンの元へ向かってもよろしいですか?」
歩きながら問いかけるアサギリに対し、イサクとユヅルは無言で頷いた。
「アオイ様も、お屋敷に戻ったら、まずイツキ様の元へ参りましょうねぇ」
イサクに手を引かれるがまま、アオイは歩く。まもなく、領都の入り口である大門が見えてくる。
門のそばには、コクウ家の馬車がすでに待機していた。一人留守番だった御者も、なにやら小脇に色々と抱えているのが見えて、アオイはクスリと笑みを浮かべた。
コクウの本家が森のなかにあるせいで、使用人の皆は都に飢えているのかもしれない。
「さ、アオイ様。お手をどうぞ。足元にお気をつけください」
行きと同様、ユヅルに手を差し出され馬車に乗り込む。彼の所作はやはり洗練されていて、美しい。
「あ、ありがとうござい、ます……」
流れるように導かれ馬車に乗ってしまい、戸惑いと同時に少しだけ胸がドキドキとした。
その後から、イサクとアサギリが乗り込んでくる。降りるときと同じく、イサク相手だとユヅルの表情が無になるのがおもしろい。
全員が乗り込み、ユヅルが御者の隣に腰を下ろすと、馬車はすぐに大門をくぐって走り出した。遠くから、大きな鳥の羽ばたくような音が聞こえてきた。
一日遊んだ領都の風景が遠ざかっていく。
窓の向こうに夕陽に照らされた蒼月桜の大木が見える。花は蕾。まだ咲かない。開花まではもう少し時が必要だ。
いつか、夜にこの桜を見てみたいと、そう思った。その時一緒にいるのは、やはり――。
(イツキさんが、いい、なぁ……)




