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カグヤのきせき  作者: 桜海
弐の月

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18/22

拾漆

 外の景色は、コクウ領の深い木々が連なる森から、皇都中央の人々が行き交う賑やかな様子に変わり、そして荘厳な建物が建ち並ぶ様へと変化した。

 一際大きな門の前へと横付けされた馬車が止まり、外から開かれた扉からイツキが降りる。


「はい、ゆっくり降りておいで、アオイ」


 そう言って差し出された手を、アオイは躊躇いもなく取った。その手が、自分を絶対に裏切らないと、無意識のうちに確信していた。

 踏み台(ステップ)を踏んで、地面に降り立つ。

 けれど、目の前の大きな門を見上げた瞬間、アオイの足はピタリと止まってしまう。

 門の奥に見える建物の屋根は、祭祀礼館にいたときに何度も目にしたものだ。

 そこにはアオイなんてどうとでもできてしまうような、この国の偉い人たちがいて、役立たずで落ちこぼれのカグヤを疎んじているのだろうと、ずっと考えていたから。


(ど、しよ……怖い、な……)


 馬車から降りたきり動くことをやめてしまったアオイを、イツキが振り返った。濃碧玉の瞳をゆっくりと細めて、アオイの白くなった顔を見る。


「アオイ……落ち着いて。俺が、あなたを絶対に守りますから」


 添えていた手を、強く握られた。絡まった指をスリ……と擦られて、痺れにも似た疼きが腕を這う。ピクリと肩が揺れたと同時に、アオイはイツキに顔を向けた。足が、動く。

 ふんわりと微笑むイツキを見て、アオイの表情もだんだんと溶けていく。


「……だいじょうぶ、です」


 深呼吸をしながら、アオイは囁いた。小さな声は、そよ風にさえかき消されそうだ。しかし、イツキはしっかりとその言葉を拾ったようだ。


「そうですね。ハッタリだとしても、今回はその言葉を信じましょう。では、行こうか。大丈夫じゃなくなっても、俺がいるから心配しなくていいよ」


 ゆっくりと手を引かれて歩き出す。

 ふわりと足元で(スカート)が揺れる。

 アサギリが着付けてくれたのは、カグヤの正装によく似た服だった。

 この皇王城で、白の単衣に緋色の裙を身に纏っている自分を、アオイは信じられなかった。

 ずっと、祭祀礼館の物入れのような場所で生活していたのだ。皇王からの呼び出しなどもカグヤにはあったはずだが、それもきっと上級祭祀官たちに握り潰されていたのだろう。

 アオイがここを訪れるのは、カグヤの力が顕現し皇都まで連れてこられた初日だけだ。

 それを思うと、皇族にどのように思われているのか怖くなる。


(でも……だいじょうぶ……)


 チラ、と傍らの凛々しい顔を視線だけで見上げた。


(イツキさんが、いるから……だいじょうぶ)


 後ろからは、イサクにユヅル、アサギリとヤゲンも付いてきてくれている。

 だから、大丈夫。

 

 ――なにがあっても、わたしはきっと大丈夫。

 

 そう心の中で呟いて、アオイはしっかりと前を見据えて歩き始めた。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 通されたのは、祭祀礼館から見えていた塔のように高い建物ではなく、その足元に横に広がる二階建ての一室だった。


「……あの高い塔は、なんですか?」


 室内の窓からも見える建物を見ながら、アオイはイツキに尋ねた。


「ん? ああ、あそこは政治の場ですよ。各階にいろんな部署が詰め込まれていて、上の方に行けば陛下への謁見室や、殿下方の執務室があります。下の階のこの辺りは西翼と言って……そうだな。皇族方の居住区が広がっています。居住区自体は独立しているのですが、ここは私的な応接間、と言ったところかな」


 流れるような説明に、アオイはぽけ……と口を開けて何度も頷いた。

 その様子に、イツキの目がゆるりと細められる。


「ふふ……かわいいね、アオイ。食べてもいい?」


「た、食べ……!? だ、だめです……っ」


 なんだ、残念。

 ちっとも残念ではなさそうな声音でそう言って、長椅子(ソファ)に座るアオイの腰を片手で引き寄せる。

 毛皮の敷き物が何枚も敷かれたソファは、暖かいけれどふかふか過ぎて安定せず、アオイはぽすりとイツキの胸に倒れ込んでしまう。


「ぁ、わ……わわっ、ごめんなさ……っ」


「アオイ、謝ったらオシオキだよって前言ったよね」


 離れようとしても離れられず、逆に腰を掴まれさらに引き寄せられる。


「で、でででも……イツキさん……っ」


「お前なにやってんだ?」


「なにって、アオイを全力で可愛がっているんですよ」


「そんな性格だったか?」


「ええ、まあ」


「は、い……? あの……イツキさん?」


 どこからともなく聞こえてきた声に、アオイは止まった。

 室内をぐるりと見回す。アオイの後ろには、イサクとアサギリが。イツキの後ろにはヤゲンが控えている。

 ユヅルはといえば、入口付近に静かに佇んでいた。本来、従者以外の随伴は許可されていない場所だと、この部屋に入る前にイツキから聞いていた。

 ユヅルは今までイツキの護衛剣士だったらしいが、主の仕事場までは付いていけなかったらしい。だが、今回はアオイのためにということで、イツキが特別に許可を取った。

 そして、剣の柄に片手を置き目を伏せるユヅルの傍ら――つまり入口のあたりに、まるで空に浮かぶ満月のような色の髪をした男が立っているのを見つけた。

 深い森のような瞳に呆れを滲ませ、こちらを眺めている。

 結い上げた髪に刺さる簪は男物の豪奢なもの。

 着ているものも、実務的でありながら錦糸で刺繍が施され、一目で高級なものだとわかる。おそらく値が付けられないものに違いない。

 溜め息を吐きながらイツキを見ていた男の視線が、スッと流れてアオイに向けられた。


「……っ」


 目が合った瞬間、深い緑の瞳が鋭くアオイを貫いた。

 アオイは、祭祀官たちの睨むような冷たい瞳が苦手だ。同様に、巫女や巫女見習いたちの蔑み嘲笑うような視線にも恐怖を覚える。

 だが、この男のアオイを見る目には、なにもない。

 嘲りも蔑みも、苛立ちも、怒りすらも。

 ただ、そこにある石を眺めるような、興味と呼べるものすら宿らない瞳。

 ビクリとアオイの肩が震えた。

 ただ純粋に、怖いと思った。


「アオイ、大丈夫ですよ」


 身を竦め、イツキの陰に隠れようとするアオイを彼はゆっくりと宥める。肩にイツキの少し冷たい両手が置かれ、優しく包まれる。

 きゅっと一瞬抱きしめられ、そしてイツキは立ち上がった。


「……お呼びにより参上仕りました、殿下」


 拱手して頭を垂れる。

 イツキの青みを帯びた黒髪がはらりと頬を滑り落ちるのを、アオイは呆然と見上げた。


(で……っ!?)


 他人に頭を下げるイツキが珍しいなどと考える余裕もなかった。

 慌てて立ち上がり、アオイも倣って頭を下げる。

 壁際に下がっていったイサクやユヅルたちも、皆一斉に礼を取っていた。

 アサギリとヤゲンの顔色が悪いが、アオイも似たようなものである。気に留めることもできない。

 だっていきなり皇族が現れるなど、考えもしなかった。

 せめてなにか先触れでもあるのではとアオイは考えていたのだ。

 それなのにこんな――


(あ、あ、あんなこと、してるとこ……み、見られちゃった……!)


 頭を下げ続けるイツキたちの間を通り抜け、男は真正面にあるソファにドカリと腰を下ろした。

 はぁぁ……と深い溜め息が聞こえてきて、アオイの背筋をひとつ冷たい汗が流れ落ちていく。

 イツキはその音を聞いて、顔を上げた。


「……アオイは頭を下げる必要ないんですよ?」


 カグヤは国の宝。皇王陛下ですら、頭を下げる存在なのだから。

 微かに笑みを含んだ声が聞こえ、アオイは下げていた頭を上げる。

 眉を下げて笑うイツキに向かい、慌てて首を振った。衝撃でシャラシャラと簪が高い音を立てる。

 そんなことを言われても、アオイはもともと平民なのだ。皇族はアオイにとって天上人である。

 イツキがかわいいなぁと言いながらアオイの頭をゆっくりと撫でた。

 手を取られ、そのままソファへと座らされる。

 けれど、イツキはアオイの傍らに立ったままである。

 目の前の男から、つまらなそうに鼻を鳴らす音が聞こえてくる。


「では殿下、自己紹介をどうぞ」


「テメェ……」


 口汚く言いかけた男が、眼前に立つイツキの表情を見て口を閉ざした。


「呼んだのは殿下でしょう? 俺はさっさと仕事を片付けて、アオイのいる家に帰りたかったのに」


「帰れただろうが」


「アオイを呼び付けるために俺を家に戻したことを、"帰った"とは言わないんですよ。しかもご丁寧に、俺以外の使者まで立てて……」


 はぁ、と短く息を吐いて、イツキがやれやれと言うように頭を振る。

 目の前では殿下と呼ばれた男が拗ねたような表情でそっぽを向いた。足を組み、その上に肘を乗せ、顎を手のひらで支えている。


「サク・ツキシロだ」


 短いそのひと言に、アオイの背中がピンと張りつめた。無意識に背筋を伸ばしてしまう。


 "ツキシロ"


 その姓を持つ者は、この国に今は二人しかいない。

 一人はこのルナティリス月皇国の最上位に立つ存在。すなわち、皇王陛下。

 そして、もう一人は――未来の皇王。立太子をして後継に選ばれた、皇太子殿下である。


(こ、この人が……)


 なんだか、とても怖そうなこの人が……この国の皇太子殿下。

 咄嗟にイツキの腕に隠れ、アオイはサクへと視線を向けた。

 すぐに鋭い眼差しに無感情に見返され、ビクリと震えてしまう。もう、反射だ。


「ったく……ンな怯えられると、俺がなにかしたみてぇだろうが。やめろ」


「ぴぇ……っ」


「ちょっと殿下。俺のアオイをいじめないでください」


「はあ? 誰がお前のだ」


 口が悪い。とても。そして、圧が強い。

 サクが口を開くたびに、アオイが震えてイツキの陰に隠れてしまう。

 埒が明かないと思ったのか、サクの顔が歪んだ。盛大な舌打ちが展開される。


「はぁ……ったく、イツキ。お前、コレのどこがいいんだ? オドオドオドオドうっとおしい」


「怒っていいですか? こんなに可愛いアオイに向かってなんて口の悪さなんですか」


 サクが、吐き捨てるように言って片手で髪をかき上げる。整えられていた髪形が無造作にバラバラとほどけていく。


「城下で、お前らがイチャイチャしながら買い物してたって噂が広まってんだよ。知らねぇのか」


「おや……ようやくですか。ずいぶん時間がかかりましたね。二日あれば殿下のお耳に入ると思っていたのですが……一週間かかりましたか」


 顎に手を当てて呟くように言うイツキに、アオイはきょとんとして目を向けた。

 見下ろしたイツキは、アオイの黒髪を優しく撫でる。視線が、目つきが、手つきすらも、驚くほどに甘い。

 

「チッ……やっぱりわざとかよテメェ」


 サクが、舌打ちをしながら手を振った。座れということらしい。


「殿下、テメェと貴様はやめてくださいと、お約束しましたよね」


 ソファに腰掛けながら、イツキの口も止まらない。

 まるで長年の友人のようにやりとりをする二人に、アオイは目を白黒させてしまう。

 隣に座ったイツキにピッタリとくっつきながら、アオイはジッとイツキの顔を見上げた。

 説明をしてほしかった。でも、この状況で口を挟むのは怖い。

 サクには苛立たれているから、視線を向けるのも恐ろしい。

 そんなアオイの葛藤を正しく拾い上げたイツキは、ふんわりとした笑みを浮かべ、アオイの頭をまた撫でる。

 そしてそのままゆっくりとアオイを腕の中へと閉じ込める。


「すみませんアオイ。サク様はただ口が悪いだけなんです。それはもう口が……いえ、性格も」


「おい! 性格に関してはお前にだけは言われたくねぇぞ! だいたいなぁ……俺はコイツを認めてねぇ」


 ソファの上でふんぞり返りながら、サクがアオイを勢いよく指で指し示す。

 イツキがそれを遮るように、アオイの前に体を寄せた。


「殿下……人を指さしてはいけません」


 当たり前のようなことをイツキが口にする。その声は、アオイが聞いたこともないほどに冷え切っている。


「仕方ありませんね……。ミズキ、コレを持って皇太子棟へ」


「うええ……」


 アオイを抱きしめたまま、イツキが懐から折りたたんだ懐紙を引き出した。それを、出入り口付近でユヅルの隣にぼんやり立っていた男へと投げ渡す。

 よく見たら、屋敷で半泣きになっていた使者だ。イツキと同様、皇太子殿下の護衛剣士だと言っていた。

 イツキが名乗らせなかった名前を、こんなところでようやく知ってしまった。


「おい、今アイツになに渡した? イツキ待てコラ。お前の主は俺だぞ。なに勝手に護衛を動かしている」

 

 嫌そうな顔をしながらも素直に出かけていく男の背を見送って、イツキは主に再び冷ややかな笑みを向けた。

 サクの質問はまるっと無視だ。結構まともなことを言っていたのに。


「さて……サク様。女性に言ってはいけないこと、やってはいけないことのおさらいをしましょうか。そうですね……特に、アオイに関しての禁止事項を特別待遇で叩き込んで差し上げます」


「ふざ……っ、やめろっ」


 イツキに言い負かされている皇太子殿下を、彼の体の陰からそっと盗み見る。

 そして、意外とこのお方は面白い方なのかもしれないと、アオイは認識を改めることにしたのだった。


 ◇◇◇ ◇◇◇


 そんなこんなで、イツキがサク相手にいかにアオイが可愛らしく愛らしいかを滔々と語り始めてしばらくして。

 部屋の外が騒がしくなったことに、アオイは気がついた。

 イツキは平然としているから、きっとわかっていたことなのだと思う。

 辟易した顔をした皇太子殿下が頭痛を抑えるようにこめかみに手を当てる。その瞬間、応接間の入り口が大きな音を立てて開かれた。


「だからぁ、いきなり突撃しちゃだめですってば!」


「だってイツキさんが助けを求めてるんですよ!? あのイツキさんが! ちょっと、なにがあったかわかりませんが、喧嘩はだめですからね、イツキさん! サク様!」


「は……!? 結月(ユヅキ)!?」


「ああ、いらっしゃいませ、ユヅキ様」


 突撃してきたのは、柔らかな栗色の髪を肩口で揺らす小柄な女性だった。

 大きな瞳は、こちらも同じような焦げ茶色。

 彼女は、上下が分かれた柄物の、見たこともないような服を着ていた。袴や(スカート)とは違うひらひらした下衣は膝上丈で、足がすっかり見えてしまっている。

 アオイよりも少しだけ年上だろうか。

 出入り口付近に立っていたユヅルが、思わず剣の柄に手を触れる。それを止めたのはイツキだった。

 クリクリと大きな瞳がアオイを見つめ、さらに大きくなる。

 口元が嬉しそうに緩み、小走りで部屋の中まで入ってくる。

 そして、ソファの背もたれから手を伸ばし、アオイの両手をしっかりと握りしめた。

 視界の端で、イサクとアサギリも動く気配を見せていた。

 それを制するのも、またイツキだ。


「かーわーいーいー! え、もしかしてこの子がイツキさんの言ってた子ですか!? サク様の婚約者の!?」


「は、ぇ……? こ、こんや、く……?」


 キラキラした瞳でとんでもない爆弾を投下され、アオイの頭は真っ白に染まっていった。

ここまで読んでくださった方……が、いるかはわかりませんが、いましたら、ありがとうございます。


結月とサクのお話は

『月がきれいだなんて言われたら』

というタイトルで置いてあります。

異世界からの迷い人と皇太子殿下の恋愛模様。

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