繁忙期とお休み1
ピピピピ、ピピピピ、とスマホのアラームが鳴る。
テピテピ、テピテピ、とテピちゃんの声がする。
うーん、と伸びをしたついでにアラームを止め、さらについでにテピちゃんたちを撫でる。
「テピちゃんたちおはよう」
「テピー!!」
「卵たちもおはよう」
ちっちゃな手を動かして、また1日が始まる喜びを表現するテピちゃんとは反対に、卵はいつも通り普通の卵だ。たまに転がるもののもちろん返事はなく、変化もない。撫でても特に何も感じない。
「……」
3つの卵をなかば義務的に撫でたのち、私はテピちゃんたちをムニムニしまくってから朝の支度を始めた。
「行くよー」
「テピ!」
卵がかなり丈夫なことがわかったので、私は大きなボストンバッグをやめて、普通のショルダーバッグにたまテピたちを入れて買い物に行くようになった。
マチの大きい、ちょっと柔らかい素材のバッグ。そこにハンカチを敷いて卵を入れると、テピちゃんたちがてぴてぴよじ登って入ってくれる。
テピちゃんたちは日々増減しているけれど、平均すると40後半くらいの数になるようだ。法則もよくわからなかったので、もう深く考えるのはやめた。
ドアに鍵をかけて、日に日に暖かくなる日差しの中で駅に向かう。
あの賑やかな夕食の日から、1週間が経っていた。
まじょばちゃんが「もう大丈夫」と言っていた通り、日本の街中で怪しいいきものに卵を欲しがられることはなくなった。ウサギ集団も、擬態トカゲもいない。私の知っている雑多で平穏な毎日である。
特に何があるわけでもない日常が、これほどありがたいと思うようになったのは、ある意味あのいきものたちのおかげかもしれないなとちょっと思う。この日常が神様の存在があって成り立っているもので、しかもそれが夫婦喧嘩とかどうでもいい理由で揺らぐという事実は知りたくなかったけど。
「こんにちはー」
「おっいらっしゃい! いいサクランボが入ったよ!」
温室サクランボの豆知識を聞きつつ、マンゴーとサクランボを買い、それから今日の食材を探してスーパーを歩き回る。時々カバンの中を探るフリをしてテピちゃんたちの様子を見つつ、まずニンニクをカゴに入れ、それからあれこれと食べ物を探した。
乳製品コーナーで生クリームを手に取り、ふと思い出す。
「あ、お米」
なくなりそうだったのを思い出し、私はお米売り場へカートを押した。
いつも5キロのお米を買ってるけど、今日は他の食材も結構カゴに入ってるから重過ぎる気もする。
このバイトをする前は食材をまとめ買いしていたし、お米を買うときはお米だけを買うことにしていた。最近は毎日果物を買いに来るのでついでにこまめに買い物していたので、つい1日で食べ切れる分の食材を確保するだけになっていたのだ。
いろんな銘柄のお米が並んでいる棚を見つめて考える。
お酢もみりんも少なくなってるし、今日は明日の食材をまとめ買いして、明日は重量級メインで買うか。
最近サフィさんが毎日食事を食べに来るので、まずニンニクを確保しないと。
もう一度野菜売り場の方へカートを移動させ、通い慣れたニンニクの棚へ近付こうとした瞬間、私は思わずカートの向きを変えた。
「……」
テピ? とごく小さい声が聞こえる。
そのままUターンするようにカートを動かし、大きな棚の角を曲がる瞬間に振り返る。
やっぱり見間違いじゃない。
知り合いがいた。あんまり、というか、一番会いたくない相手が。
ちょっと急いで野菜売り場を離れ、あんまり考えずにとりあえずお肉をカゴに放り込み、そのまま野菜売り場とは一番離れたレジに向かう。
「あの、これに入れてもらっていいですか」
「はいどうぞー」
カゴにすっぽりはめられるくらい大きい買い物バッグは、いつもは申し出るのがちょっと恥ずかしくてレジが終わってから自分で入れ替えて使っていたけど、今日は恥ずかしさよりも早くお店を出たい気持ちの方が優っていた。
慣れているのか特に何も言わずにそこに商品を入れてくれる店員さんに感謝しながら、つい周囲を見回して知った顔が近くにないか確認してしまう。
電子マネーで支払いを終えて、どっしり重さのあるバッグを担いでまっすぐに出口を目指した。振り返らずにそのまま駅を目指す。ちょうどアナウンスされていたので急いでホームに向かって、ドアが開いた車両に滑り込んだ。座っていた女性が少し息の上がった私を見る。
ニンニクと野菜、買いそびれた。
ただ軽く見かけただけだから、逃げるように帰ってきたのは過剰反応だったのかもしれない。あのまま買い物してても、相手は気がつかなかったかも。
今から他のスーパーに寄って明日の食材を買ったほうが、お米を買うときに楽だ。
そう思っても、改札を出ると私の足はそのまま家に向かってしまった。家に帰り、鍵を閉めて、ローテーブルにバッグと買い物袋を乗せて座り込む。
「テピ?」
チャックの隙間からよじ登って出てきたテピちゃん3匹が、そっと私の手に抱きついた。
それをムニムニしながら溜息を吐く。
別に、顔を合わせたからって何があるわけでもないのに。
もうバイトを辞めたから関係ないのに。
「ダメだねえ」
「テーピ?」
お店に来る得体の知れないお客様より、何の変哲もない人間の方が嫌なんてよく考えたらちょっとおかしい。
相手はビームも出さないし、魔術もできないし、「卵くれ」と怪しい様子で詰め寄ってくることもない。
相手も私も大学生だ。そうそう生活圏を変えることなんてできないし、そうなるとこれからだってどこかですれ違うこともあるかも知れない。そのたびにコソコソするなんて嫌だ。
せめて、気にしないでいられるようになりたい。
「私も魔王さんみたいにビーム出せるようになったらなあ」
「テピー! テーピッ! テピテピ!」
想像しながらいうと、テピちゃんたちがものすごく主張し始めた。
ビーム出せるようになるのはダメらしい。




