繁忙期とお休み2
魔王さんの黒くて長くて鋭そうな爪は、サクランボの種を取るのに向いていると判明した。
つまんだ大粒のサクランボに、スッと人差し指の爪を差し込む。クルリと捻るとお皿の上にポトッと種が落ちた。モグモグと草食動物っぽい頭蓋骨がサクランボを味わい、食べ終わらないうちに次の実に手が伸びている。
「こっちはアメリカンチェリーっていう、甘味の濃いサクランボです」
黒々と光る丸い果実が入った小皿を勧めると、魔王さんはつまんだアメリカンチェリーをじっと見てから、同じように種をとってから口に入れた。一瞬魔王さんの動きが止まったかと思うと、動きが素早くなる。ポトポトと種が落とされ、ヒョイヒョイと実が口の中に入れられていくのを見ているのはなんか楽しい。
気に入ったんだな。
「ありがとうございましたー」
結局魔王さんはお持ち帰りの分もうっかり食べてしまい、ちょっとしょんぼりしつつ、取り出した種を所望して帰った。植える、というようなことを小難しく言っていた気がする。
「サクランボ、発芽するのかな」
「テピー?」
スマホで調べてみたら、しっかり育てるためには桜の木に接木をしたりするらしい。桜の苗も買っておくべきだろうか。
ググりつつのんびりしていると、コンコンとノックが聞こえてきた。慌てて立ち上がる。
いつもこの時間は魔王さんしか来ないのに。
「はーい」
「ユイミーちゃん元気してるかー?」
「あ、死神さん!」
「まいどまいど!」
ギラギラ輝く大鎌を持ち、黒いボロボロの布を被った骸骨が、カシャッと骨のぶつかる音を立てて片手を上げた。
「いや〜色々大変なんやて? あ、これお土産」
「わーありがとうございま…………これなんですか?」
「インゲンやで。いやユイミーちゃんインゲン知らんの?」
「インゲンは知ってるんですけど、なんていうか、私の知ってるインゲンの色と違うというか」
私の常識からすると、確かインゲンは緑色だったと思う。
けれど、渡された袋の中に入っているインゲンはなんか色が薄い。取り出してみると水色だった。鮮やかなトルコブルーである。水色で細長いインゲンは、野菜というよりバルーンアートで使う風船の膨らませる前みたいに見える。
「出汁で卵とじしたら美味しいで! スジ取ってな」
「あ、食べ方は普通のインゲンなんですね」
「そらそうよ。普通のインゲンやし。知り合いの農家からもろてお裾分けに来てん」
袋の中には、確実に500グラム以上はドッサリ入っているインゲンだけど、死神さんの家にはこの4倍以上あるらしい。それはお裾分けしないと大変かもしれない。
色がすごいことになってるけど、味が同じならありがたい。ちょうど明日の分の野菜を買い忘れていたのでむしろ助かる。色が気になるけど。
「ほんでユイミーちゃん、財宝鳥から卵預かってるって? 見して見して」
「一応言いますけど、卵は売り物じゃないですよ」
「いらんわそんなん! 面倒臭いやろ! あんな成金と進んで関わり持ちたくないわ!」
成金というのは、財宝鳥のことのようだ。
まあ、ある意味成金というか、金の成る鳥というか、存在が金持ちだけれども。
私は後ろを向いてキッチンのドア近くに置かれた椅子に近付いた。ギュッと固まっているテピちゃんたちの下から、メタリックゴールドの卵を取り出す。
「えーっと、これくらいの距離ですか? なんか強い人にあんまり近付くと滲み出る魔力で卵に悪影響とかなんとか」
「それ大将に訊いたやろ? 流石にそんな力ダダ漏れなのは大将くらいやで! カウンターに持ってきても安全や」
「そうなんですか?」
「まあ、この辺におるのは魔力デカいっちゃデカいけど、その分抑える力も強いからなあ。卵離さなアカンほど抑えきらんのは、大将くらいデカいか、浅いとこにおる素人かくらいやで」
「へぇー」
魔王さんはやっぱり強いらしい。死神さんも強そうだけど、それでも力の差が大きいのだろうか。
テピテピと騒いでいるテピちゃんたちごと、タッパーを持ってカウンターへ移動する。前に死神さんがきたときには一目散に逃げてたのに、テピちゃんたちはブルブルしながらも卵を守ろうと踏ん張っていた。
「大丈夫だよ、見せるだけだから」
「せやせや。おー、ギラッギラやな! 見てるだけで金運上がるんちゃう?」
「あんまり嬉しくないですね」
「ユイミーちゃん商売っ気ないからなあ。そこにつけ込まれたんやろうけど。ああいう成金には気を付けなあかんねんで」
「もっと警戒しとくべきでした……」
ウズラっぽいメタリックな鳥だからといって、好きにうろうろするのを許していたのが托卵に繋がったのだろうか。もう次からそんな無礼なことするひとは許さないと思っているのだけれど、今のところ、財宝鳥以外にあんな我が物顔でカウンターの中まで入ってくるお客様には出会ったことがない。
「おうおう、ユイミーちゃんに迷惑かけんようはよ出たりや〜」
「本当に早く孵化してほしいです」
「まあ貴重な経験やと思って。ほな帰るけど、なんかあったらいつでも呼んでや!」
「ありがとうございます」
死神さんはお裾分けのためだけに寄ってくれたらしい。様子を見にきてくれたのかもしれない。
頭を下げると、また何かもろたら持ってくるわ〜とカシャカシャ手を振って帰っていった。もう一度お礼を言ってそれを見送る。
もしかして、インゲン農家の人も死神なのだろうか。カシャカシャと笑いながら物々交換する死神の姿が浮かんだ。
割とホラーな見た目だけど、死神さんも親切だ。
「お昼、インゲンの卵とじにしようか」
卵の上に座り直しているテピちゃんたちを撫でながらそういうと、テピッと元気な声が返ってきた。




