繁忙期とお休み3
結論からいうと、お昼にトルコブルーなインゲンの卵とじは食べられなかった。
「ありがとうございましたー。いらっしゃいませー」
ひっきりなしにお客様がご来店されたからである。
「これ2個買うから半額にしてくださらない?」
「すみません、割引はやってません」
「でも2個買うのよ? 少しは割引してくれたってバチは当たらないんじゃあない?」
たった2個で割引を求めてくるのもすごいし、半額を「少し」と言い切るのもすごい。
できるわけねーだろ、と言いたいけど、私は丁寧にお断りするしかなかった。
相手の見た目が怖かったからである。
「あたくしこう見えていいお客よ? これからも贔屓にしてあげるから考えてくださらない?」
「すみません、こちらの料金は固定となっておりまして」
はぁ〜あ、と大きく溜息を吐くお客様。
というか、トラ。
トラである。タイガーである。
後ろ足2本で立っている虎は、私よりも背が高い。濃いオレンジと黒の縞々模様と、お腹側の白い毛皮がフサフサしている。カウンターに乗せた手、いや前足は太くて大きく、たまにギッと爪が見える。両頬に生えたヒゲは、喋るたびに上下し、その下に隠されている大きな牙が見え隠れした。
いかつい顔をしているけれど、メス、いや女性のようだ。
頭に大きくてこれでもかというほど装飾を施した帽子をかぶっているからである。ラビットファーのリボンにゴールドのチェーン、小さくて艶々したリンゴ、ゴテゴテしたたくさんの宝石、そして揺れるダチョウっぽい羽根。
身に付けているのは帽子だけだけれど、それだけでトラが金持ちマダムに見える。
「あたくしがこれほど頼んでいるのよ? あなたから半額にすると言うのが筋でなくて?」
「すみません、このお値段でしか売れません」
「まあ、あなた、あたくしの話聞いていたの?」
ヒゲの生えている部分をふくっと持ち上げ、牙を見せながらカルカルと音を出すトラマダム。
その視線は私を睨む……こともあるけれど、チラチラと私の背後を見ていた。
そこにあるのはイス、そしてその上にある財宝鳥の卵とテピちゃんたちである。
怪しげな客モドキがいなくなった代わりに、お店で買い物をしていく正当なお客様がやたらと増えた。そして、そのお客様たちは、買い物ついでに、という態度で言うのである。
その卵も売り物なら売ってほしい。
この高額商品を買うからその卵もおまけでくれ。
ちゃんとお金を払うお客様なだけに、お引き取り願いにくくて厄介だった。
檻を隔てていない至近距離のトラ、怖い。怖いけど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「お客様、お値段にご満足いただけないなら、他のお店をご利用ください。そして申し訳ありません、これ以上値引き交渉をされますと、強制的にご退店願うことになりますが……」
あくまで低姿勢を貫きつつ、入口の方をそっと手で示す。
トラマダムが振り返ると、床から出た巨大な手が待ち構えているように五指をゆっくりと動かしていた。
『ワ゛ルイ……キャク……ユル゛サナイ゛……』
グルル、と唸ったトラマダムが、手に向かって大きく吼えた。
ひー、と声を出したくなるような迫力だった。肉食獣こわい。
そのまま黙って見ていると、トラマダムは威嚇したものの、手に対して攻撃をすることはなかった。
正しい判断である。手さん、攻撃されると問答無用で掴んで強制退店させるから。
「ちなみにうちでは、おまけで他の商品を付けたりもしませんし、卵類は取り扱っておりません。価格表のお値段でお買い物なさいますか? それともお帰りになりますか?」
「……これひとつ、頂くわ」
「ありがとうございます。金貨1枚になります」
イライラした様子でカウンターに爪を立てつつ、マダムは金貨を1枚払った。
ここまでしといて買い物して帰ってくれるだけ、お客様としてはまともだ。私は丁寧にお礼を言ってお金をもらい、パール色に輝く謎の球体をひとつ取り出す。
「袋にお入れしますか?」
「別料金取るつもり?」
「いえ、これは商品持ち帰り用の袋なのでサービスです」
正直、金貨の価値がある商品をビニール袋に入れるのはどうかと思うけど、変に布袋などに入れると「これサービスするなら卵もくれ」とか言い出すお客様もいるので、うちではどんな商品でも一律でビニール袋に入れることにした。
ビニール袋を軽く振って開き、球体を中に入れて持ち手をお客様に向ける。
「……」
トラマダムがじっと袋を見つめている。
大きな手が、私が差し出している持ち手の部分ではなく、ビニール袋の本体をチョイチョイと触った。爪の出ていない、くるんと丸めた手で触れられ、ビニール袋がガサガサと音を立てる。
「…………」
チョイチョイガサガサ。チョイチョイガサガサ。
「………………」
このマダム、何やってるんだろう。
手がだるいので早く受け取ってほしいけれど、マダムは無言でビニール袋を見つめながらガサガサ音を立てることに熱中している。
「ちょっとあなた」
「はい」
「この袋をもっと頂戴」
「これは売り物じゃないです」
「これが欲しいのよ」
マダム、ビニール袋が気に入ったようだ。
チョイチョイガサガサと手を動かしながら、高圧的に私に頼み込んできている。
「……じゃあ特別に今回だけ、10枚で小銀貨1枚で売ります」
「安いじゃない。もっと買うわ」
「10枚だけです」
100枚400円くらいで買ったビニール袋なのでかなりのぼったくり価格だけど、マダムは値引きをせずに払ってくれた。
カウンターの内側にある棚に置いたビニール袋を10枚数えて取り出し、まとめてかるく二つ折りにして、球体の入った袋に入れようとする。
「ちょっと、待って頂戴」
「あ、これもビニール袋に入れてほしいんですか?」
「そうね、そうして。あと平たいままじゃなく、ふわふわにしてくださる?」
ふわふわに。
袋を使いやすいように広げておけと言うことだろうか。
確かにトラマダムの肉球は黒く硬そうなので、平べったいままのビニール袋を広げるのは難しいかもしれない。人間でも乾燥した指だと苦労したりするものだし。
「全部ですか?」
「そうよ」
ビニール袋の入り口あたりを両手で挟んで軽く擦り、ズレた部分を手で引っ張って袋を広げる。一度膨らませてから、細く引っ張って畳むようにした。
特に労力もいらない作業だけど、トラマダムがじっと見てくるのでやりにくい。バサッと振って膨らませると、そのたびにヒゲや手がピクピク動くので飛びかかられるんじゃないかと不安になるのだ。
「くしゃくしゃにして入れて」
「あ、はい」
細長くしたビニール袋はお好みじゃないらしい。わざとくしゃっと丸めると、マダムは顎をカウンターに乗せてそれらをジーッと眺めて、チョイチョイと手で触っていた。
そういえば、ネコはビニール袋が好きなんだっけ。
トラも猫科だもんな……と思いつつ、私は丸めたビニール袋10個をさらにビニール袋に入れ、球体の入ったビニール袋と共に渡した。
「ありがとう。とてもいい買い物だったわ」
「ありがとうございましたー。あ、手さん、引っ込んで。良いお客様だから」
「あなたも良い店員よ」
「あ、ありがとうございます」
大きな手が、元の床の形に戻っていく。
ガサガサと音を立てるビニール袋を顔の高さに持ち上げ、グルグルと喉を鳴らしながらマダムは帰っていった。
濃い。濃いお客様だった。
しかし濃いお客様は、今日でもう7組目である。
息を吐く暇もないほどやってくるお客様に、さすがに疲れたしお腹空いた。
ふうと溜息を吐いた瞬間に、ドアをカリカリする音が聞こえる。
またご来店したようだ。しかもこのノックの仕方は人間タイプじゃないな。
今度はクセのないお客様でありますようにと祈りつつ、私は素早くマカダミアチョコを口に放り込んで空腹を紛らわせた。




