ねらわれたまご11
なんで今日に限ってこんなに混んでるのか。
ずらりと並ぶ返却受付を眺めながらそう思った。
うちの大学図書館は、開館中はポストのように入れられる返却口が閉まっている。だから中に入りすぐに設置されている返却窓口に本を返し、軽く本をチェックしてもらわないといけないけれど、パラパラと捲るだけのその作業は1冊1分も掛からないくらいだ。貸し出しカウンターが混んでいるのは見たことあるけれど、返却が並んでいるのは学期中でも見たことがない。
「……」
チラッと左肩に掛けたボストンバッグを見る。テピちゃんたちが、おててをおくちにあてながら大人しくしているのが見えた。
卵のせい……ってことは流石にないよね。関係ないし。留学生を積極的に受け入れているとはいえ、迷宮から来ている人はいないだろうし。
仕方ない。そう時間はかからないだろうし並ぶか。くたびれた白衣の後ろに歩みを進めると、ちょうど図書館の自動ドアが開いた。なんとなく顔を上げると、そのうちの1人と目が合う。
「あ、由衣美ー!」
「えー? あーほんとだ偶然だねー!」
騒がしい声がして、案内係の人が「図書館ではお静かにお願いします」とそれを嗜めた。すみませーんと謝った集団が、喋りながら近付いてくる。
「久しぶりー! こんなとこで会えると思わなかった」
「……こんにちは」
「えーなにすごい荷物。旅行行くの?」
騒がしい4人組が私の後ろに並ぶ。無視することもできなくて、私は列に対して体を横向きにするようにして振り返った。ボストンバッグを白衣の背中がある側にして自分の体で隠すようにする。
なんでこんなタイミングで、普段は合わないような相手が図書館にいるのか。
「バイト急に辞めたし、グループもいきなり退会したでしょ? 大学辞めて実家帰るとかなのかなーってみんなで話してたんだよねー」
返事に困るので、曖昧に笑っておいた。
この4人組は、前にバイトしていたところで同じく働いていた子たちだ。同期生ではあるけれど、学部も学科も違う。職場が同じでなければ話すこともなかっただろうなというくらいタイプが違う人たちだ。
彼女たち自身が嫌いなわけではないけれど、見ているとバイトのことが思い浮かんであまり楽しい気分にはなれない。
ちょっと溜息を吐きたい気分になっていると、ごく小さい「テピ?」という声が聞こえてきた。卵の上に重なっている集団に乗るように、天辺にいるテピちゃんがチャックの隙間からそっと私を見上げていた。
心配してくれているのだろうか。ちょっと癒された。
「なんで辞めたのー?」
「ちょっと、色々事情で」
「事情って何? 結構大変だったんだよー。ユウも心配してたし」
「そうそう。かなり心配してたよねー。連絡取れないから何かあったんじゃないかって」
その名前に顔を顰めないようにするのは努力が必要だった。静かにゆっくり息を吸って、脳裏に浮かんだ存在を無視する。気持ちを落ち着けてから口を開いた。
「ちゃんと新しい子に引き継ぎはしたし、店長にも話して納得してもらったから」
「そういう問題じゃなくないー? なんで私たちに相談しなかったの?」
「そうだよー。普通ユウにも相談するでしょ?」
「だから、相談は店長にしたし、リーダーさんにもしてたよ。それでいいでしょ」
「なんでそんなこと言うのー? 由衣美ってなんか冷たいとこあるよね」
軽いのにイヤな感じの言い方だ。
話の通じなさは相変わらずだなーと思っていると、ボストンバッグから何か聞こえた。
スマホか何かを探すフリをしてそっちを見ると、さっきのテピちゃんが両手を挙げて何やら動かしている。その目がつぶらなのにキッと睨んでいるように見えるのは何故だろうか。
「あのさー、由衣美だってユウに色々してもらってたでしょ? やっぱ話しとくべきだと思うよー」
「今日でもいいからさ。呼んであげようか?」
両手を一緒にぐっと挙げて、それからぴっとやや前方に動かす。そのときに、小さく「てっ」と声なのか動作なのかわからない音が聞こえた。腕を繰り返しぴこぴこ動かすので、てってってっ、と断続的に小さい音が聞こえている。
何してるんだろう。
女の子たちの遠回しな責めよりも、テピちゃんの方が気になる。
チラチラ見ていると、てっ、と言った瞬間に、何かが出ているのに気が付いた。
灰色の小さい綿毛。ふわーっと不規則に動きながら浮かんでいく姿に浮かんできたのはそんなイメージだった。1センチにも満たないような、薄灰色の何かが「てっ」の瞬間にテピちゃんの手の間から出ているように見える。ごく軽いホコリか何かのように、ふわふわと揺れたそれを目で追うと、ゆらゆらと揺れながら私の前を横切り、列の後ろに並んでいる4人組の一番手前にいる子に近付いて見えなくなった。
髪か何かに付いて見えなくなったのか。最初はそう思った。
てってってっ、と繰り出される綿毛が、ふわふわ浮いて次々に飛んでいく。その謎綿毛たちは、どれも4人の顔や頭の辺りへと漂っていった。4人組には見えていないのか、避ける素振りはない。
漂っている灰色が、私に話しかけている1人にふわふわ近寄っていく。それが風で押されたかのように、彼女のこめかみにくっついた。次の瞬間に綿毛が見えなくなって、代わりにその子がちょっと顔を顰める。
気をつけて見てみると、他の綿毛も、誰かにくっついた途端、その人がちょっと顔を顰めるのだ。
「……テピちゃん、何してるの?」
話しかけていた子がこめかみを指で揉んでいる隙に、ボストンバッグに囁きかける。しかしテピちゃんはぴこぴこと腕振り運動に励んでいるだけだった。
てってってってっ。
「……ねえ、そろそろ行こ。ここなんか空気悪い」
「うん、そうだね……由衣美、ユウにちゃんと連絡入れなよ」
やがて4人は、並ぶのをやめて図書館から出て行ってしまった。図書館がまた静かになる。
若干顔色が悪い気がしたのは、私の気のせいだろうか。
「もしかして、追い払ってくれたの?」
進む列に少し距離を取りながらそう言うと、小さく「テピ!」と返ってきた。片手を挙げたテピちゃんが心なしか胸を張っている気がする。
「ありがとう……危ない魔法とかじゃないよね?」
もう一度小さく問い掛けると、テピちゃんが挙げていた手を下ろす。じっと見つめ合った3秒後、そのままテピちゃんはそっとうつ伏せになって何事もなかったかのように卵警備を再開した。
……いや返事は?




