ねらわれたまご10
左肩に掛けたボストンバッグにはメタリックな卵とちっちゃいオバケみたいなスライムみたいな生き物たち55匹、反対の腕でトロピカルで大きいオウムをショールで包んだものを抱え、買い物前に既に大荷物で疲れた私は、何も考えずに目的地を目指すことにした。
「コンビニ行コウヨ〜」
「なんでよ行かないよ!」
「オカシタベタイ〜」
「あとで買うからちょっと我慢して」
何が悲しくて大学生独身の身で子供にいうようなセリフを言わねばならんのか。私に抱えられたままの死の鳥さんがちょいちょい話しかけてくるので、駅が近付いてきて人通りが多くなっているのでさっきからチラチラ見られている。
「ネェ〜コレ真知子巻きニシテ〜」
「真知子巻きっておばあちゃん以外の口から初めて聞いたよ! しないから! これは姿隠すためのショールだから! あと静かにして!」
死の鳥さん、異様に日本に詳しくないだろうか。真知子巻きっていつの時代だ。
ショールを古風に巻き付けたオウムと喋る変な大荷物の女、と思われるよりは、やたら荷物を抱えて独り言を言う変な女、と思われていた方が若干マシに感じる。お願いを却下しながら、私は心を無にして電車に乗り込んだ。
私の家から大学へは下り方面だ。
ラッシュアワーも過ぎているうえに春休みのおかげで、他の人とは間隔を開けて座れるのがありがたい。ボストンバッグを空いた席に置いて、そっと隙間から覗き込む。暗い中でぼんやり薄オレンジなテピちゃんたちが体を起こしてこちらを見上げた。声を上げずにちっちゃい手をぶんぶん振っている。無事そうだ。
よかった。テピちゃんたちがお願いを聞いてくれる集団で。
「ネ〜オヤツマダナノ〜」
「静かにして?!」
一方空気を読まないで大きな声を出す死の鳥このやろうは、私が目を離した隙にピンクと水色の派手カラーな顔をショールから出し、無事に車内の注目を集めていた。
「……ね〜! 死の……シノちゃん、静かにしようね〜。もうすぐ帰るからね〜」
よしよし〜と、まるでペットですと言わんばかりに可愛がってる声を上げつつ頭をわしわし撫でる。それにふんわりと羽根を逆立ててから、死の鳥さんはまたクチバシを開いた。
「コンニチワ〜シノチャンダヨ〜」
ノッてきた。
「し、シノちゃん挨拶上手だね〜おうち帰ったらオヤツ食べようね〜」
「スグ食ベタイヨ〜」
死の鳥、いやシノちゃんは片脚をワキワキさせ、オヤツ〜といいながら頭を私の手に擦り付けている。いかにもペットです〜みたいな反応である。
そのおかげか、車内に「なんだペットか」みたいな空気が流れた。トロピカルな見た目の上にカゴにも入れていない状態なので相変わらず視線は感じるけれど、これはもうしょうがない。電車早く駅着いて。
大学へ向かって歩き出した頃には、気持ちがもうヘトヘトだった。荷物は見た目の割に重くないけど、精神的に疲れる。
それでも、死の鳥さんを抱えていてよかった、と思うことが2度ほどあった。
まずは減速している車内。フラフラと寄ってきた男性が、なんか家の前で見たのと似たような違和感サラリーマンに酷似していた。まさかここで、と思っていたら、私に抱えられた死の鳥さんの「シノチャンオコルヨ〜」の一言でピタリと動きを止めたのである。
目がグルッと黒目だけになってやっぱり怖かったけど、「うちのシノちゃんは噛むのですいません〜」といいながら電車を降りることができた。見ていた人には、物珍しいペットに触ろうとして断られた人にしか見えなかっただろう。
次に遭遇したのは、改札を出て最初の信号待ちをしていたとき。
歩道を通る自転車の邪魔にならないよう、お店の壁に近いところまで下がって待っていたら、お店とお店の隙間のところから、何か黒い手なのか足なのかみたいなやつが見えていた。
というか手招きしていた。
これヤバいやつでは、と思った瞬間、死の鳥さんがクシャミした。「アードッコイショ」とおっさんくさいことを言うその姿に気を取られたあと、視線を戻すとヤバそうな黒いものはいなかった。
「シノちゃんありがとう……あとで果物買ってあげるね」
「ポテチガイイノニナ〜」
「果物にしようよ。ポテチ体にめっちゃ悪いらしいよ」
「エ〜ジャア百疋屋ノフルーツタルトネ〜」
「ケーキじゃん」
歩いているとずっと注目されるということもないので、シノちゃんとも喋りやすかった。街中であんなヤバそうなやつが出てくるなんてかなり将来に不安が出てくるけれど、少なくとも今は安心。とりあえず今はそれで満足することにした。
「大学立地イイヨネ〜」
「いいでしょ。図書館あそこね」
「ジャーシノチャンハネ〜、コノ木デ待ッテルネ」
近くに植えられていた、花が半分くらい咲いている桜の木にクチバシを伸ばしつつシノチャンが言った。
「えっ? 来てくれないの?! なんで?!」
「ナンデッテ、図書館ニ動物連レテ入ッタラ駄目ダヨ〜常識デショ〜」
「え……正論……」
ごくまっとうな理由で断られた。
「いやそれならコンビニもダメじゃない?」
「ソレカラ〜チョット情報収集スルカラネ〜」
「情報収集?」
「シノチャン、日本詳シクナイカラ〜ジャアアトデネ〜」
私の肩によじ登ったシノちゃんが、桜の枝にクチバシを掛け、ヨッコイショといいながら移動していく。しっかり移ると、イッテラ〜と私に向かって片脚をワキワキした。
「……ここにいてね?! すぐ戻ってくるから」
「心配無用ダヨネ〜」
離れるのは不安だけど、図書館まではすぐ。返却だけならあっという間のはずだ。
桜の美しい色彩に入り込んだトロピカルな姿を振り返りつつ、私は急いで本を返すことにした。
それにしても情報収集って、なんだろう。
そう思った瞬間、プエーと奇妙な鳴き声が聞こえて、私の頭上をカラスやらハトやらがすごい勢いで飛んでいった。たぶん、桜の木の方へ。
……あんまり考えないようにしよう。
私はボストンバッグを揺らさないように気を付けつつ、人通りの少ない構内を急いだ。




