迷宮小旅行16
近付いてくる人影の数は4つ。
ギョロギョロした目付きに、ボロ布から伸びる細い手足。そして響く呻き声。
一瞬襲いかかりに来たのかと思ってすりこぎを握ったけれど、よく見たら人間だった。ただ薄汚れていてガリガリだっただけで。一番近くにいる人が、そのガリガリの手を両方出して跪く。
「どうぞお恵みください……」
「え?」
「シノチャンノ肉狙ウヤツハ許サナイッ! 散レッ!!」
カーとシノちゃんが威嚇したので、その人たちが食べ物を欲しがっていることに気が付いた。見るからに、短くない間食料を満足に食べられていないような集団である。私やシノちゃんやサフィさんが、焚き火を囲んでパンや干し肉を食べていたのでその匂いにつられたのだろう。
バサバサと翼を動かして威嚇するシノちゃんは、とりあえず新しく切り分けた炙り肉で静かにさせておく。すると痩せた手がより近くに伸びてきた。戸惑ってサフィさんを見ると、サフィさんは焼いたパンにニンニクを挟みながら肩を竦める。
「自分の実力に見合わない場所に来ちゃって、戻れなくなった人間だよー。進むも戻るもできなくて、資金も尽きたから人通りの多いここで物乞いしてるんじゃないかなー。ほらあの辺にもいる」
サフィさんが指した、市場に近いがあまり人目に触れない岩陰に布を被った何かがある。
「戻るのは、歩いていけばいつか戻れる気がするんですけど、食料がなくて動けないんですか?」
「いやユイミーちゃん、俺らはまあ歩いていっても特に不便はないけど、こういう人間が歩いてたら大体襲われたりするからね。雑魚は雑魚に対して容赦ないからね。俺らが特に戦わず来たのは、相手が避けてたからで生き物がいなかったからじゃないから」
「そうなんですか?」
「そうだよー。今までたまに出てきたやつも、ユイミーちゃんしか狙ってなかったでしょ?」
これまで平和に歩いてきたのは、普通は襲いかかってくるような相手がサフィさんやシノちゃんに恐れをなして出てこなかっただけらしい。
確かに、幻術を使って近付いて何かをしようとするヘドロっぽい生き物は、私がすりこぎで殴って退治していた。幻術っぽいものを感じたらすりこぎを振り回すと大体ヒットするので、特に何も考えず振り回していたけど、よく思い出してみればサフィさんの方に出てきたことはない。1番弱い私を狙っていたのだ。
もしサフィさんやシノちゃんがいなかったら、私もここまで来れなかったのかもしれない。
「人が多いと疎まれて暴力を振るわれたり物を盗られたりすることもあるけど、ここはこの辺で金目のものを見つけた奴らがそれを換金したりもするからねー。酔って上機嫌なら気まぐれに施したりもするし、それを狙ってるんじゃないかな」
「そうなんですか……」
改めて、痩せた人々を見る。目がギョロギョロとひとところに定まらずにいるのは、私たちが暴力を振るう側なのか、施しをくれる側なのかを見定めるためなのかもしれない。生きていくために仕方ないとはいえ、そんなリスクを負ってまで人に頼み事をしに行く生活は辛そうだ。
私たちが食べているパンや干し肉を分けても、それで得られるのはひとときの安堵だけだろう。
「あの、サフィさん、この人たちが戻れる方法ってないんですか?」
「んー、見たかぎり装備も大体売ったか盗られたかしてるみたいだしねー。金があれば魔術師に頼んで浅いとこに転移させてもらえるけど、まあなさそうだしねえ」
サフィさんはちらっと4人に目を向けてから、私を見てにやーっと笑った。シノちゃんは小声で「キモ」と呟いている。
「ねえねえユイミーちゃん、同情した? 欲に駆られて自業自得の状況になってるのに憐れみ抱いちゃった? 俺にお願いして助けて欲しいなーと思っちゃった? もしユイミーちゃんがずっとウチで暮らして毎日ニンニク料理作ってくれるならやってあげても」
「いえ、そんなに奉仕の気持ちはないんですけど」
私が言葉を遮ると、サフィさんはニヤニヤしたまま首を傾げる。
「けど?」
「けど、例えばニンニクを丸ごと煮込んだスープというのはサフィさんにとってどれくらい価値があるのかなと思いました」
「ま、丸ごと?! 丸ごと煮込むの?! 皮も?!」
「皮ごと。タマネギでそういう料理があるみたいですよ。皮から美味しい味が出るとか。で、ニンニクでやってみたらどうなのかなーって、思っただけで作ろうという気持ちにはなりませんね」
「ホクホクシテソ〜ッテ思ッタダケダヨネ〜」
「ホクホク……」
「まあ作りませんけどね。でもサフィさんは今までもニンニク料理食べてきたし、今回一緒についてきてくれたお礼に漬物も作るんで特に興味はないですよね」
私はそう言ってからパンを齧る。
サフィさんは「ホクホク……」と呟きながら虚空を見ていた。
「そういえば串焼きも美味しそうだよね、ニンニク」
「串……」
「ビールガ合ウヨネ〜シノチャンハネ〜焼キ鳥ノ皮ト食ベルノ好キダヨネ〜」
「コッテリしてそうだね」
「タレガイイヨネ〜味シミテチョット焦ゲタニンニク最ノ高ダナッテ思ウダネ〜」
「ニンニク……」
敏感に空気を読んだシノちゃんがうまいこと煽ってくれた。
手元のニンニク醤油漬けサンドを眺めながら、サフィさんがふるふると震えている。
「……ユイミーちゃん」
「はい、サフィさん」
「こいつらを地上に送り返せば作ってくれるの? そのスープ……」
「この辺にいる帰れなくて困ってる人全員を返してくれたら、スープに加えて、ニンニクの串焼きパーティーというのはどうですか?」
「ぱ、パーティー?!」
「串焼きメニュー全部ニンニク的な」
「パーリーナイッ的ナネ〜」
「乗った!」
サフィさんがグッと拳を握ったと同時に、目の前にいる4人を含め、周辺にいたらしき人たちが一斉に空中へと浮き上がった。か弱い悲鳴を上げる人々は円を描きつつ1箇所に集まり、そしてそのまま発光して消えてしまう。
圧倒的な光景に、私だけでなく、露店の近くにいた人たちも呆気に取られているのが見えた。近付いてきた何人かが、サフィさんを恐ろしい物を見る目で眺めている。
「約束だよユイミーちゃん?! ニンニクパーティー絶対やってよ?!」
「肉パモヤッテネ〜」
すごい魔術を発動した魔道士サフィさんは、そんなことは一切気にせず、食材1種類だけの串焼きパーティーについてキラキラと思いを馳せていた。




