迷宮小旅行15
シノちゃんリサイタルを聴きながらスベスベ地面を15分ほどスケートすると、黒っぽい景色が徐々に土のような赤茶色に近くなり、やがてゴツゴツした岩壁や地面が見えてきた。私たちを引っ張っていたサフィさんのスピードもゆっくりになる。
「はーい到着ー。ユイミーちゃん、転ぶと危ないし手ちょうだい」
「はい」
「慣性ノ法則ウッ!!」
「いって」
ふんわり止まったサフィさんの顔面に向かって、明らかに慣性の法則以上の勢いでシノちゃんが衝突しに行った。しっかりと私の肩で踏ん張ってからだったので結構痛そうだ。落ちるシノちゃんをキャッチして、カーと威嚇するクチバシを閉じさせつつ小脇に抱える。
私の身長くらいの岩がランダムに置かれていたエリアを過ぎると空間が10メートルほどの狭さになり、緩やかな坂道に沿って露店が立ち並ぶようになった。ここまでほとんど見なかった人影も沢山ある。
「最初の頃の景色に似てますね」
「空気の禍々しさはアップしてるけどねー」
「それはわかんないです」
空気が禍々しいかはよくわからないけれど、同じような店が立ち並ぶ景色でも、最初に見た市場とは違うところもあった。
前のところでは地面に商品を置き、棒と布で屋根を作った簡素な店が多かったけれど、こちらは荷台や箱の中に商品が入れられていて、ぱっと見で何が売っているか分かりにくい。場所を区切るように棒と布の簡素な屋根はあるけれど、立って商売している分高さがあり、そしてほとんどの店が両側にも布を垂らしている。客が通っている道側の面にも、半分くらい布を垂らしていて薄暗くよくわからないお店もいくつかあった。
そういった閉鎖的な店構えなのは、治安の悪さのせいかもしれない。そう思うのは、行き交う人たちの所持する大きくて物騒な武器がガチャガチャ音を立てているからだった。見た目で人間とわかるような人はみんな体格が良く、そして目つきは悪い。同時に、最初の市場ではあまり見なかった、二足歩行のオオカミや陸を歩行するタコなど、明らかに人間でないひとの姿も目立っていた。
「サフィさん、ここは幻術で作られてないですよね?」
「そうだよー。そろそろ見分けついてきたねえ」
「人間が意外と多いですね」
「周辺にこういう市が立つところがもうなくなってくるからねー。店も少ないから余計混むんだと思うよー」
「ネェ〜ソレヨリ休憩シナイ〜? 歩キッパナシデ疲レチャッタァ〜」
「シノちゃん歩いてないじゃん」
「オヤツゥ〜」
周りの景色やヘドロやツルツルに意識を取られて疲れはあまり感じていなかったけれど、出発してから数時間経っていた。
シノちゃんがワイワイ叫んで人目を引き始めたこともあって、私たちは休憩することにした。店の通りから少し離れた場所に戻り、サフィさんが地面に杖の先で模様を描く。そこから出た炎で、宿でお持ち帰りしたパンや干し肉などを炙って食べた。
炎が出ている地面の模様が時々「ゲヒヒッ」と鳴いている気がすることを除けば、普通のキャンプの食事みたいでちょっと楽しい。
「ユイミーちゃんソコッソノ炙ッテ溶ケカケタ脂ノトコ頂戴ッ!! 分厚ク切ッテッ!!」
「熱いから丸呑みしたらダメだよ」
「ク〜ビール飲ミタイネェ〜!!」
分厚いベーコンみたいなお肉を食べながら上機嫌にプェーと鳴くシノちゃんを椅子代わりの岩に乗せてから、リュックに入れっぱなしだったテピちゃんたちにもパンのかけらを配る。次元の狭間で膨張していたテピちゃんたちはすっかり元通りになり、テピテピーとちっちゃな両手でパンの欠片を受け取っていた。周囲の様子を特に意識せずのんびり食べているあたり、さすが迷宮の住人である。
「テピちゃんたち、元気になってよかったね」
「テピッ!」
「テピテピ、テピー?」
「テピーッ!」
『……ユイミーちゃんさま、私のことも心配してくださいっ!!』
「魔術ノートはなんか喋ってるの聞こえてたし」
『きっ聞こえてたのに無視してたんですかっ!!』
ノート姿のままの魔術ノートは、道中であれこれ口を挟んできていた。隙あらば魔術を使わせようとしてくるのが面倒でほとんどスルーしていたのだけれど、本人は私が聞こえてないからだと思っていたらしい。どうりで途中から変な妄想を口にしてると思った。
「シノちゃん、そろそろユウがいるところに着きそう?」
「ンーワカンナイッ!」
「えっ」
「シノチャン見ツケタトキ飛ンデタカラ〜、コンナニ高度低イト印象変ワッチャウヨネ〜」
「じゃあ飛んできてよ」
「シノチャンガマダ食ッテル途中デショウガァッ!! 肉オカワリッ!」
「今なんかちょっと誰かの声真似した?」
シノちゃんと私がワイワイ喋り、サフィさんはマイニンニク醤油漬けを取り出して頬張りながら満足そうに頷いている。
テピちゃんたちにおかわりのパンをあげたところで、近付いてくる人影に気が付いた。




