迷宮小旅行12
「食事一緒に払ってくれてありがとうございました。一応聞くんですけど、お金払いましょうか?」
「いらなーい」
「ですよね」
「ゴチダヨネ〜」
一応常識として申し出たけれど、金貨を惜しみなく払い、「重いから」という理由でおつりを拒むような人には気遣いは無用だったようだ。ちなみに、私が来るまでの間、一緒に宿を取っていたシノちゃんも当然のようにサフィさんに支払わせていたようだけれど、サフィさんはそれも気にしていないようだ。セレブリティな世界である。
食事休憩を終えた私たちは、改めて迷宮を進むことにした。相変わらずあからさまに遠巻きにされている中、サフィさんと並んでのんびり歩いていく。ちなみにシノちゃんは私の左腕の中で仰向けになっている。リュックに収納された魔術ノートが『私の場所……』と恨めしそうに囁いていた。右手にはすりこぎを持っているのでさすがに魔術ノートまで持つと歩きにくい。
小さな露店がたくさん並ぶ市場をどんどん進んでいくと、途中から緩やかな坂道になっていることに気が付いた。人や店が少なくなり、壁を掘って作られた建物も装飾がなく、それでいて窓には格子が嵌められて扉は頑丈そうなものになっていく。草もない地面をそのまま歩いていくと、すれ違う人の雰囲気が悪い方向に変わっていっているような気がした。
「ユイミーちゃん、あのニンニクチップスおかわり持ってないの?」
「持ってないです」
「シーノチャン、世界一カーワイイ鳥ダネ〜、ネギト〜ワケギト〜アサツキデイッタラ〜、アサツキタイプダヨネ〜」
「それどう違うの?」
「アサツキハ〜チャイブノ仲間ダヨネ〜」
「わかんないんだけど」
「ナメロウ食ベタクナッタヨネ〜」
「他にニンニクのお菓子持ってないの?」
「ないです」
周囲の少し緊張するような雰囲気とは正反対に、サフィさんもシノちゃんもいつも通り、のんびりマイペースなままだった。完全にピクニック気分である。
気が抜けるけれど、猛者ふたりからするとこれくらいのエリアを歩くのはまさにピクニックみたいなものなのだろう。私も初めての迷宮探索に緊張していた気持ちは段々と緩んできていた。
やがて道が狭くなり、少し傾斜のきつくなった斜面をくねるように曲がっていく。ごつごつした大きな岩の間を縫うように進んで下っていくと、ふと道の先が明るくなった。
「……あれ? 意外とにぎやかですね」
坂を下り終えたのか、地面が平らになって視界が開いた。そこは到着したところにあったような、市場とにぎやかな人混みが広がっている。
むしろ、こちらの方が賑やかなように見えた。威勢よく声を発する商人風の男たちに、積極的に値切っている客。湯気の出る大きな鍋を子供がかき混ぜ、近くでお椀を啜る人が集まっている。笑い声も少なくなかった。布を張った露店にはぎっしりと商品が並び、人々は活気に溢れ、生き生きと動いているように見える。
「サフィさん、進んでいくと人間が暮らせないような場所になるって言ってませんでした? そういう場所はもっと先ですか?」
「ん? んーん、ここがそうだよ」
「でも、人が多いし」
「これはねー。幻術だねー」
「幻術?」
人混みを気にせずに歩いていたサフィさんが「これ見て」と言いながら右手を私の顔の位置まで上げた。親指と中指を合わせ、パチンと指を鳴らす。
「あれ?」
その瞬間に、今まで賑わっていた何もかもがパッと消えてなくなった。周囲は薄暗く、生臭い匂いがして、そして岩の影に辛うじて人が座り込んでいる。
見回していると、左側からヌッと何かが近付いてきていた。ヘドロを被った人ような姿をしたそれがすぐ近くにいて、しかも手を伸ばしている。
「気持ち悪い!」
「ギャッ」
反射的にすりこぎを振り回すと、クリーンヒットしたそのヘドロがベチャッと地面に広がった。
「おお、練習の成果出てるね〜」
「ユイミーちゃんナカナカヤルヨネ〜」
どろっと地面に広がっていくヘドロを眺めながら思う。
このすりこぎ、もう料理用に使いたくない。




