迷宮小旅行10
宿の最上階、天井に近いこの部屋は、窓を開けていると、下からの音が反響してよく聞こえる。元々市場が騒がしかったけれど、それが急に大きくなった。
「何かあったんですかね」
「別に何もないと思うよー」
「ネェ〜ユイミーちゃんドライフルーツ剥イテェ〜」
「死の鳥、俺が剥いてあげよっか?」
「テメーノ生皮ヲ剥イテヤロウカッ!!」
曲がったクチバシを大きく開けてシノちゃんがサフィさんの腕にガブーとかぶりついたので、剥がして抱えつつ窓の方へ寄ってみる。すぐ近くにある天井にたくさん付いている小さな明かりは、よく見るとビー玉のようなものだった。そして微妙にもぞもぞ動いていた。じっと見ると気持ち悪くなりそうなので、視線を下に移す。
「なんか下に人が集まってる」
「ユイミーちゃんモットチャント抱ッコシテ〜」
「みんな宿泊希望者なのかな。泊まれなくない?」
「手羽先食ベスギテ胸焼ケシチャウ〜」
「すぐ出発するなら、早めに引き払ったほうがよくないですか?」
後ろを振り向くと、サフィさんは懐から携帯用ニンニクの醤油漬けを取り出して頬張っていた。
「それねー、俺らに用があるやつらだから、今出てったら付いてくるよー」
「サフィさん何かやったんですか?」
「えー、ユイミーちゃん俺のこと何だと思ってるの?」
「ニンニクが好きすぎてどうかしてるタイプの吸血鬼」
「蚊以下ダヨネ〜」
「俺への認識ひどすぎない?」
ニンニク醤油の小瓶を抱えながら抗議されても全く説得力がなかった。
ニンニク好きはおいといても、サフィさんは吸血鬼。そして吸血鬼というのは、生まれつき「魅了」の力を持っているらしい。なぜか私には効かないのでよくわからないけれど、その「魅了」という力というのは、なんかキラキラしながら相手を見ることによって強制的に好意を抱かせることができるのだそうだ。
このエリアには、魔力があまり強くない人が多いので、おそらく「魅了」にかかりやすいタイプの人が多い。サフィさんは強い吸血鬼らしいので、市場でキラキラしたらその場にいる人全員を魅了することもできそうだなと思ったのだけれど。
整った顔でプンプンむくれているサフィさんを見ると、そんなことはしていなかったようだ。
「アノネ〜クソ弱雑魚ガイッパイダカラネ〜シノチャンノ羽根トカ阿呆ノ血トカガネ〜喉カラ手ガ出ルホド欲シインダッテ〜」
「あ、そういうこと? でもさっきは遠巻きにしてたのにね」
「クソ弱ダカラ負ケ確定ッテ自覚アルダケド〜、タマニ〜、危機管理意識ヨリ強欲ガ勝ッテル奴ガイテネ〜アトハ金魚ノ糞ナンダヨ〜」
私の手にぐりぐりと頭を擦り付けるシノちゃんとニンニクを食べるサフィさんが説明してくれたところによると、最奥エリアでのんびりできるこの強者ふたりの噂は既に広まっているらしい。ここにいる人たちからすると、どれでも1つで一生暮らせるほどの価値があるのだから当然だろう。とはいえ「羽根ください」「牙ください」と言って貰えるわけでないので遠巻きにしていた。
けれど、剛の者なのか無謀なのか、直に交渉してやろう、あわよくば奪ってやろう、みたいな人がちょっと奥の街からやって来るそうだ。そういう人がいると、自分もそのおこぼれに預かろうとこの付近の人たちも勢い付くらしい。
「やけに詳しい解説ですね」
「もう3度目くらいだからねー」
「シノチャンガ夜中ニ1回ブチノメシタカラ4度目ッ!」
「半日に1回ペースじゃないですか」
強欲な代表者を追い払ったり消したりすると解散するらしい。すぐにいなくなるあたり親切なのか、それとも懲りない人たちなのか。
「じゃあ、追い払ってから出発ですか?」
「宿の人がせき止めてくれてるからここにいたら安心だけどねー。あ、ユイミーちゃん追い払ってみる?」
「えっ」
「あの棒持ってー、えいって殴るフリしたら逃げてくよー」
「いや流石にそれはないんじゃ」
私が引きながら言うと、シノちゃんも「ヤッテヤッテ〜」とのんびり言う。魔術ノートもキラキラした目で見てきた。
この窓からすりこぎで殴る振りしたくらいでは、さすがに解散しないんじゃないだろうか。
半信半疑よりも疑いが強い状態のまま、片手にシノちゃんをだっこしつつ、すりこぎを持って窓際に戻る。
「……えい」
軽ーく振るうと、集団の先頭辺りにいた、ローブを被った人たちが絶叫しながら逃げていった。そしてその姿に気圧されたらしい人たちも、パラパラと逃げていった。
「………………」
「アソコノ神様、ナニゲニ強イヨネ〜」
すりこぎの効果、実はやばいのでは。




