迷宮小旅行8
「2日経ってるって……」
体感的には、せいぜい2時間とかそれくらいだ。とてもそうは思えない。シノちゃんを見てもサフィさんを見ても、実感はなかったけれど、サフィさんのローブが桜色から灰色がかった青色に変わっていた。
「えーと……連休でよかった」
「そこ?」
「ユイミーちゃんハ日本人ダカラネェ〜根ガ真面目チャンダヨネ〜」
「そういえば私お腹空いてないけど2日間食べてない計算? 健康に影響する?」
「ハイハイ落ち着いて〜大丈夫だから〜」
「オメーガ言ウナッ!!」
ゴツゴツとクチバシで頭を強打されながらも、サフィさんはのんびり言った。なんか見てて痛々しいので、魔術ノートをリュックにしまってからシノちゃんを捕まえて抱っこしておくことにする。手を伸ばすとシノちゃんはプェッと鳴いて足を上げたけれど、サフィさんが先に私の手と握手したのでクチバシの先をサフィさんに刺していた。
「じゃーとりあえず部屋戻ろっか」
「帰るんですか?」
「違う違う、この近くで宿取ってたんだよー。ここに魔術陣描いて喚んでたから、いつでも対応できるようにねー」
「あ、そっか、2日間待っててくれたんですもんね。ありがとうございます」
「元はと言えば俺がユイミーちゃんの手を離しちゃったせいでもあるからねー。次は抱き締めて転移しようね!」
「ユイミーちゃんニセクハラシタラ〜バラバラニシテ1部位アタリ最低10キロ間隔デバラ撒クゾッ!!」
「うわそれ復活めんどそう」
カッと叫んだシノちゃんを撫でて宥めつつ、サフィさんの案内で宿へと向かう。
無事の再会や2日経ってたという事実に気を取られていたけれど、周囲にはかなり興味深い光景が広がっていた。
まず、思っていたよりも明るくて天井が高い。迷宮は地下に広がっているらしいし、バイト先のドアから見える光景も薄暗いものだったので、洞窟や鍾乳洞を想像していたけれど、今いるところは天井まで5メートル以上はあった。天井は土か岩のようなものでできているようだけれど、ごく小さい青いLED電球のようなものがたくさん付いているので明るかった。青空を模しているのかもしれない。
高さだけでなく、空間も広い。
市場のようなものなのか、棒と布だけで作ったような中東風の小さい店がたくさん並んでいる。ものすごくでかいトカゲの薫製っぽいものを逆さに吊り下げている店もあれば、袋入りのスパイスのようなものを売る店、陶器や金属の加工品を売っている店もある。やたら煙が出ている謎の店もあった。
両側に並ぶたくさんの店がどこまで続くかわからないのは、同じように人がたくさんいるからだった。同じく中東風にターバンや口布で顔を隠した男性や、サフィさんのようにローブを着た人、甲冑を着た人に大きな剣を背負っている人。肌や目の色も様々で、地球の定義的には人間としてありえないような色の人もいた。賑やかで、まっすぐ歩くことが難しそうなくらいにどこも混んでいる。
私たちの周り以外は。
「……なんかすごい見られてるんですけど」
「まあこの辺じゃ俺らみたいなのは珍しいからねー」
「シノチャントッテモ美シイダカラネ〜」
見えないバリアでもあるのかと思うくらいに、人々が私たちから3メートルほど距離を取っている。おかげで歩きやすいけれど、見える限りの人たち全員が様々な感情を込めた視線で見つめてきているのでかなり居心地が悪かった。前を歩いている人でさえ、振り返ると慌てて道を開け、そして恐れと興味が混ざったような顔で凝視してくる。
私を待っているうちに慣れたのかそもそもこういう扱いに慣れているのか、サフィさんやシノちゃんは気にならないようだ。サフィさんはハンカチで血を拭きつつ「お腹空いてきたなー」とのんびり歩いていて、シノちゃんは私の腕の中で仰向けになって「モットナデテッ」と催促している。
迷宮でも難易度の低めなエリアらしいここでは、死の鳥も吸血鬼も珍しいのかもしれない。シノちゃんもサフィさんも、普段は人間がほとんど到達できない最奥エリアで普通に暮らしているほどの猛者なので、わかる人には見るだけでその異様さが伝わるのだろう。
改めて考えるとすごい人たちと知り合いになっているんだなあと思いつつ、そっとパーカーのフードをかぶって視線を避けていると、サフィさんが立ち止まって振り返った。
「ここだよー」
「……結構立派ですね」
組み立て式の小さな店の途切れた場所から道を逸れると、建物が並んでいた。建造物というよりは、岩壁を彫って作ったような建物だ。下は地面、上は天井と直接つながっているけれど、天井まで細かい彫刻がされているので豪華な建物に見える。サフィさんが立ち止まったところは、一際豪華だった。
「そう? ちょっと狭いけど、休憩するには不自由ないから許してねー」
店の前に立っている店員さんらしき人がやたらとペコペコと対応しているのをほぼスルーして、サフィさんはどんどん中に入っていく。店員さんはその後ろをついていく私のこともしっかり見ていたけれど、何も言わなかった。
絨毯や絵画、壺やあちこちに飾られた花などを見ると明らかに高級そうだったけれど、サフィさんは全てスルーして階段を上っていった。
「この部屋だよー」
「ドアが金色なんですが」
「入って入って。あ、ちょっと、なんか食べ物持ってきて」
ニコニコと私を促しつつ、サフィさんはついてきていた店員さんに声を掛ける。素早く返事をした店員さんへサフィさんが懐から出したお金を投げると、慌てたようにそれを受け取り、大事そうに両手で握り締めながら頭を下げて去っていった。
……今サフィさんが投げたの、金貨だったな。
「どーしたの? 狭いけど清潔だから安心していいよー」
「あ、はい」
廊下から部屋の中へと視線を移す。
中は当然、狭いという単語とは無関係な、広々として豪華な部屋が広がっていた。
「いやごめんねー。この辺で1番上等なのがここなんだって」
私の住んでいる部屋が3つは余裕で入りそうな、日本のホテルでも最上級のスイートルームに相当しそうな部屋を前に、サフィさんがかなり申し訳なさそうにしている。
セレブかよ。
とりあえず、神器でサフィさんの脇腹を小突いておいた。シノちゃんが「モット強クヤッチャエッ」と喜んでいた。




