迷宮小旅行7
「あ、歌聞こえなくなってきたね」
「そうですね〜。あ、ユイミーちゃんさま、みかん! つぎ、ん、ですよ!」
「だから『ん』はアウトだって。ンジャメナしかしらないし」
暇つぶしに魔術ノートにしりとりを教えながら、暗い次元の狭間を歩く。しばらく誰かがカラオケしてるような音声がかすかに聞こえてきていたけれど、歩いているうちにそれも聞こえなくなってしまった。他にも、不意に縁日のような騒がしさがあったり、足元が砂利のようなゴツゴツと音を感じたりしたものの、どれも通り過ぎていく。
「じゃあ、ミミズの黒焼き! 簡単なので薬酒作りの初期で出てきますよ! 次は『き』!」
「絶対やりたくない。きんつば。次、『ば』ね」
「ば……?!」
真剣に悩み始める魔術ノートの頭から伸びる羽根、その先が示す方向を確認しつつ歩く。
「ば……ば……」
「ねえ、そろそろ近いんじゃない? なんか羽根がすごい曲がってる」
「ば……実はこれさっきからちょっと痛いです。曲がりすぎて」
「普段は痛くないんだね」
進行方向の先から思いっきり引っ張られているかのように、半透明少女に刺さった羽根は2本ともほとんど倒れそうな角度まで曲がっていた。羽根の軸が傾きすぎて痛いらしく、半透明少女はたまに頭頂部を進行方向に向けるように俯いている。そうしていると羽根が真っ直ぐになって痛くないらしい。
「ば……ば……? ばぁ……」
「他のにする?」
「いえっ、私もユイミーちゃんさまの魔術ノートとして、絶対に負けられませんっ!」
「ただのしりとりだけど」
魔術ノートはまだ新しいノートだからか語彙があまり多くないようだ。半透明だけれど見た目が少女なので、唸りながら考えているところはちょっと可愛い。胸から上しか生えてないから冷静に見ると不気味だけど。
「あっ、バリア!」
「あんこ」
「そうじゃないですう! バリアみたいなのが前方に張られてますう!」
「ほんとだ」
私たちの進行方向に、何かがある。黒いサテンで作ったカーテンがかかっているように見えた。そのカーテンが風で揺らめいているかのように、何かが動いて黒色の濃淡を変えていた。
「ユイミーちゃんさま……」
「えい」
さっきと同じようにすりこぎで叩くと、パッと暗い色が飛び散った。その代わりに眩しさが目に染みる。急に押し寄せてきた光や色、音に思わず顔を顰める。
「ユイミーちゃんキター!!!」
「うわうるさっ」
バサササと羽音を響かせながら、私の顔面にあったかい羽毛が当たった。思わず避けると、羽ばたいたそれがそのまま肩に止まる。
「ユイミーちゃん無事ダッタノネッ!!! 心配シタンダケドドコホッツキ歩イテタノヨーッ!!」
「シノちゃんちょっと音量小さくしてほしい」
「シノチャンガイナイ場所デ変ナ鳥トシッポリシテタラドーシヨーカト思ッタッ!!」
プエェと鳴きながら、シノちゃんが頬擦りしてくる。頬が羽毛で撫でられてちょっとくすぐったかった。大きくて曲がったクチバシもグリグリと押し付けてくるので、シノちゃんは随分心配してくれていたようだ。
「あーよかったユイミーちゃん来れたね。大丈夫だった?」
ざわざわと人混みのような音の中で、聞き慣れた声がまた近付いてくる。
「サフィさん……いやサフィさんが大丈夫?」
トルコブルーの羽毛から視線を上げると、そこには頭から血を流したサフィさんがいた。
ニコニコ笑っているのが逆に気持ち悪い。
「え、何があったんですか。手当てしないと」
「シノチャンガブチノメシトイタッ!!」
「シノちゃんがやったの!?」
「ユイミーちゃんチャント連レテ来イッテイッタノニオイテキタカラボコッタッ!!」
「ボコられたー。いやまさか手離すと思わなくてさー。ごめんねユイミーちゃん、ちゃんと説明すればよかったねー」
言うやいなや私の肩から飛び立ったシノちゃんが、カーと威嚇しながらサフィさんの頭に着地し、翼やクチバシでガンガン攻撃している。サフィさんはいたたーと言いながらも特に避けていないのは、私に対して申し訳なさを感じているから、なのだろうか。
「大丈夫だった?」
「なんとか」
「よかったー。先にこっち着いてからすぐ魔術で喚んだんだけど、全然落ちてこなくて焦ったよー。今日も来なかったらユイミーちゃんの世界にも探しに行こうかって死の鳥と相談してて」
「今日も?」
私が差し出したティッシュで流れる血を拭きつつ頷く。
「ユイミーちゃん、出発した日から2日経ってるよ」
「……えっ?!」
思わずシノちゃんを見ると「シノチャンコイツ毎日ズットボコッテタッ!!」と胸を張られた。
魔術ノートを見ると「結構経ってますねぇ……あっ馬肉! ば!」と言われた。




