迷宮小旅行6
「ユイミーちゃんさまと〜ふたりきり〜フフフーン〜」
「テピちゃんたちもいるよ」
「ふったりっきり〜」
リュックから聞こえてくるテピーとかゲヒッとかいう抗議はスルーしながら、魔術ノートは上機嫌に笑っている。時折私を見上げては、すかすかと半透明の腕で抱き付いてきた。
「ていうかなんで上半身しか出さないの? 若干気持ち悪いんだけど」
「ひどいっ!! ユイミーちゃんさまに抱っこされてる感じを楽しんでるのにっ!」
「いや、胸から下ないのかなり怖いよ」
重さは特に感じないとはいえ、手に持っているものから半透明の体が生えているのは不気味だ。見た目が可愛いだけにその不気味さが強調されている。
とはいえ、魔術ノートの半透明な姿は本体であるノートからほとんど離れられないらしい。私の力が強くなれば歩き回ったりもできるようだけれど、現時点では触れていないと姿を保ちにくいそうだ。
「足まで出したら、ユイミーちゃんさまにスカートの中を覗かれるじゃないですかっ!」
「誰も覗かないし、嫌だったら頭の羽根だけ出してたらいいんじゃない?」
「ひどいひどいっ私を道具のように使うのですねっ!!」
道具から理不尽になじられた。
ぽかぽかすかすかと叩いてくる魔術ノートを適当になだめつつ、その頭に刺さった羽根が指している方向に向かう。
しばらく歩いても、周囲は暗いままだった。自分や魔術ノートの姿は何故かちゃんと見えるので、体が発光しているような感じがする。
暗い光景にはたまに黒くてもやっとした塊があるような感じがする。箱のような立方体やドアっぽく見えるものもある気がするけれど、全体的に暗くて輪郭がボヤッとしているので、ただの黒い何かがそう見えているだけかもしれない。
「ん?」
「ユイミーちゃんさま、どうしたんですか?」
真っ暗な空間でふと何かが聞こえた気がして立ち止まる。周囲に変化はないけれど、なんとなく黒っぽい色がより濃い方へと近付いてみた。
「ユイミーちゃんさまー、そっちは進行方向とズレてますよ?」
「うん、なんかちょっとあそこ、変じゃない?」
「どこですか?」
あの辺、と指すと魔術ノートが目をすがめて見る。しかししばらくすると首を傾げた。その頭頂部ではトルコブルーとピンクの羽根が斜め方向にグイグイ曲がっている。
「なんにもわかりません……ハッ敵? 敵なのですかっ? 唐突エンカウントで秒速初勝利ですかっ?!」
「何それ」
キョロキョロと周囲を探す魔術ノートと一緒に、しばらく羽根の先とは違う方向に歩く。
なんとなく足を止めると、いきなり目の前が暗闇が広がったように何も見えなくなった。
「ここになんかある?」
「なにか……ありそうな気もしますね……」
「進めないよね」
「進めなさそうですねえ……」
引き返しませんか? と若干不安そうな顔の魔術ノートが言う。
次元の狭間らしいこの場所とシノちゃんやサフィさんたちがいる迷宮との時間差がどうなっているかわからないけれど、早く戻るに越したことはないだろう。
そう思っていても、なんとなくこの壁みたいなものが気になる。
「気になるんですか? ユイミーちゃんさまには、ここにあるのが何に見えてるんですか?」
「闇」
「同じですぅ……」
濃い暗闇だ。だけど、なんかムズムズする気がした。
しっくりくる太さのすりこぎをしっかり握り、思いっきり振りかぶってから目の前の暗闇を殴打してみた。
その途端、大きなガラスを割ったような音が響く。魔術ノートの驚愕しきった顔がスローモーションで見えた気がした。
なんか手応えがあった。
暗闇が砕け、高いところにあるガラスの破片のように砕け散って落ちていく音が聞こえる。目の前に大きな穴があるような響き方だった。
「…………なななんで今?! ユイミーちゃんさまなぐったなんで?!」
「なんとなく」
「なんとなくぅー!! 私のユイミーちゃんさまの攻撃性が高まってるぅ!!」
「高まってないって」
周囲は変わらずにほとんど暗闇のままだ。ただ、さっきまで目の前にあった暗闇が消えて、代わりに3メートルほどの大きな穴が足元に見えている、ような感じがする。
なんとなくその穴の前で魔術ノートと一緒に穴を覗き込んでいると、かすかに声が聞こえてきた。
下からではない。
近付いてくる声に顔を上げると、遙か上の方から誰かが降ってきた。
「あああああー!!!!」
声が大きくなったと思ったら、あっという間に通り過ぎて穴らしき場所に落ちていった。叫び声が遠ざかって、やがて聞こえなくなる。それまで私と魔術ノートは、穴の奥を一緒に覗き込んでいた。
「……今、人が落ちていかなかった?」
「行ったと思います」
一瞬しか見えなかったけど、スーツを着た女の人だった気がする。
「私がここの何かを壊したから、さらに落ちていった感じじゃなかった?」
「そんな感じしました……」
目の前の穴からは、もう何も聞こえない。
「……もしかして、やっちゃいけないことだったんじゃ」
「そんなことありませんっ!!」
私があの暗闇を壊さずここにあったら、あの女の人の落下はここで止まってたのでは。
ちょっと焦っていると、魔術ノートが力強く否定した。
「偉大な魔女には導く力がありますっ! 明確に悪意をもって行動しない限り、それはあるべき世界への手助けとなるのですっ!!」
「偉大じゃないし魔女でもないんだけど」
「あうっやめてくださいっぐりぐりやめてっ」
都合のいいことは押し通す方針の魔術ノートの頬をすりこぎの先でムニムニしておく。すりこぎ越しでも柔らかさが伝わってきて面白い。
「あうぅ……い、偉大な魔女じゃないって思っててもっ、ユイミーちゃんさまが間違った行動をしないって、私は信じてますからっ! 何があっても、ユイミーちゃんさま本人が疑っても、信じますからっ!!」
涙目になっていたけれど、その眼差しは真剣だった。
魔術ノートは、私の魔女としての力と行動を少しも疑わずに信じているのだ。
それはちょっと、嬉しいかもしれない。例え魔術ノート自体がそういう性質のものだったとしても。
「魔術ノート……」
「はい、ユイミーちゃんさまっ」
ニコニコしながら見上げてくる少女の顔は、嬉しそうだ。
私が思わず笑うと、魔術ノートもますます嬉しそうに笑った。
「じゃあ、やっぱり羽根だけ出しといてくれない? やっぱり一部だけ生えてるの気持ち悪いし」
「その判断は間違ってますっ!!」




