迷宮小旅行5
ほとんど何も見えない状態の光景に、時々真っ黒な煙のようなものが漂っている。
足下に意識を向けると、ぐにぐにするゴムの上に立っているような、沈んでいく砂の上に立っているような感覚がした。何度か足踏みをする。
『こっこれはぁーっ! ユイミーちゃんさまっ!! ここは次元の狭間ですぅ! ま、まさかこんな、こんな初級でこんな場所にこんな……さすが私のユイミーちゃんさまっ!!』
「ちょっと静かにしてくれるかな」
抱えているリュックの中から聞こえる声が、魔術ノートのままなのに鼻息の荒さまで伝わってくるのはなぜなのか。
フガフガと興奮しながら騒ぐ声が冷静というか現実さを取り戻してくれたので、ちょっとは感謝するべきなのかもしれない。
『はわぁ……! すごいですよすごいですよぅ! ユイミーちゃんさまは天才魔女ですよう!』
「魔術ノートはここどういう場所か知ってるの? その次元のハザマだかって何?」
『ここはどの世界とも隔たれ、かつどの世界とも繋がっている場所なのですっ!』
「矛盾してない?」
『ここでは物理的な……あの……なんか量子力学とかもアレで、えーとえーと、とにかく時間の感覚もないとか、なんかすごいところなんですっ!!』
「知らないんだね」
魔術ノートがなんかちょっとアホっぽいのは、やっぱり私が勉強不足で、ノートにあんまり書き込んでないからなのだろうか。勉強していくにつれて大人しくなると期待したい。
「サフィさんとかも見当たらないし、やっぱ手放しちゃったのがダメだったのかな」
『異次元に転移する魔術ですから、不慮の事故によって飛ばされちゃったのかもしれませんねっ』
「それ割と大変じゃない?」
『大丈夫ですっ! 偉大と称された歴代の魔女は、みんなこの次元の間で長い間修行を行ったと言われていますっ! ここなら何百年と修行しても、年を取ることもないのでっ』
「どこも大丈夫じゃないんだけど」
数百年ののちに帰ったら、日本の状況なんかどうなってるか予想もつかない。ていうか家も家族もなくなってそうだし生きていけない気がする。サフィさんはまだ生きてそうだけども。
「帰りたいんだけど」
『修行されないのは残念ですけど、次元の狭間を飛び越える旅に出発ですねっ!! じゃあとりあえず私を手に持ってくださいっ!!』
「なんで?」
『魔女の装備ですからっ!! あと、私も何かのお役に立てるかもしれませんっ! ここは未知の世界ですからねっ! 力を合わせて未来を切り開きましょうっ!!』
こういう状況だからか、サフィさんもシノちゃんもいない状況だからか、魔術ノートがやたらと張り切っている。ちょっとうるさいけれどここは近所迷惑も考えなくて良さそうだし、この次元の狭間だか何だかについて知っているのは魔術ノートだけなのでとりあえず言われた通りに手に持つことにした。
お腹側に抱えるように掛けていたリュックのチャックを開き、ポケット部分から魔術ノートを取り出す。
「うわっテピちゃんがなんか膨らんでる」
「テー……ピー……」
他に必要なものはないかとリュックを覗くと、テピちゃんたちが普段よりも3割増くらいの大きさになり、形もシーツオバケ型から球体にやや近付いた形になっていた。
1匹取り出してみると、持っただけでも指がテピちゃんの体に沈みそうになる。
「いつも以上に柔らかいんだけど。大丈夫?」
「テー……ピ」
『ここの影響を受けてるのかもですねー』
もっちりしたテピちゃんが、ちっちゃい片手をピコピコと動かしてなんとか返事をしていた。触り心地は普段よりも気持ち良くなっているけれど、なんかこのままだと不安なので早く戻してあげたい。そーっとリュックの中に戻して、チャックをしっかり閉めておく。サイドポケットに入れていたすりこぎを出してから、リュックは背中に背負い直した。
『ななななあんでその怖い棒も持つんですかぁっ』
「え、だって頼もしいじゃん、神様のすりこぎだよ。神器らしいよ」
『物騒すぎますうぅ〜!!』
魔術ノートを左手に持ち、右手にはすりこぎを握る。口に出すとまた怒りそうなので言わないけれど、厚みがあるハードカバー本である魔術ノートよりも、ちょうどいい太さのすりこぎの方が手にしっくり来ていた。絶妙に握りやすい。さすが神様愛用の品。
対して、外に出したせいかにゅっと表紙から半透明な頭部を出した魔術ノートは、なんか気持ち的にも持ち歩きにくい。興奮に頬を赤らめてニコニコしながら目を潤ませて見上げてくる生首付きのノートである。私は気付かれないようにしつつ、若干距離を取るように腕を伸ばしておくことにした。
「えーとじゃあ、行こっか。シノちゃんのとこへ」
「えっ ユイミーちゃんさま、もしかしてもしかして迷宮がある次元がどこかわかるのですかっ?! さすが天才偉大最強魔女なのですかっ!?」
「いや、それ」
すりこぎで「それ」と指したのは、魔術ノートである。すりこぎを辿るように上を向いた魔術ノートは、寄り目がちになりながらアッと声を上げた。
ウェーブする長い髪が生える頭部。その頭頂部に刺された羽根が、2本とも、同じ方向にかなりの勢いで湾曲していた。
「それ、シノちゃんいると反応するし、あっちにいるんじゃないかな」
「あ、あう……」
「シノちゃんセンサー、付けてもらっててよかったね。このまま付けといてもらおうか」
「よくないですうセンサーじゃないですう〜!! 絶対絶対取ってもらいますう〜!!!」
謎すぎる場所に来てしまったけれど、ある意味、魔術ノートのおかげで出られそうだ。
悔しそうにわめく魔術ノートをなだめつつ、私は羽根の指す方へと歩き出すことにした。




