迷宮小旅行4
「じゃーさっそく行こっか」
カラオケかボウリングにでも行くように、サフィさんが言った。
「簡単だけどこの辺のヌシが怒るかもしれない方法と、ちょっと不快だけどたぶん怒られない方法があるんだけど、どっちにするー?」
「なんでそんな2択なんですか」
「一応かなり難しい魔術だから、それなりに何かしらの負荷があるんだよねー」
この辺のヌシと言われて私の頭に浮かんできたのは神様である。神様が怒ったら、文字通りこの辺で住めなくなる気がする。まだ卒業には遠いので勘弁してほしい。
「ちなみに、どういう感じで怒らせそうなんですか?」
「えーっと、この辺の力を勝手に使うから、土地が荒れるかも」
「それはやめときましょう。ちょっと不快だけど怒られない方法でお願いします」
「はーい」
うちに増築されている異世界直通ドア、どういう仕組みなんだろう。あそこから行けたらよかったのに。いや、お店限定だから見逃してもらっているという可能性もあるか。
考えていると、背後からそっと声がした。
『ユイミーちゃんさまも強くなってたくさん魔術勉強したら、そんな怪しげで不可解な術に頼らずに移動できるようになりますよっ……』
「アハハー相変わらず若干失礼だねー」
『ヒッ』
「えーと、で、その不快な方法っていうのはどんな感じで不快なんですか」
「好みで選べるよー」
また選択肢が出てきた。
サフィさんいわく、負荷の種類を変えられるらしい。
「ユイミーちゃんが選びそうなとこだとねー、全身がチクチクするか、口の中がものすごくマズい味になるか、あとはすっごい変な匂いがするか、くらいかなー。それぞれ30秒くらい」
「どれも選びたくないんですけど」
「ん? 内臓に弱いダメージとかの方がいい?」
「いえ、3択から選びます」
異世界、越えたくなくなってきた。ユウ見捨ててもいいかな。
ちなみにサフィさんがここに来るときには、肋骨一本にヒビを入れる形で負荷をかけたそうだ。まえに現れたときもしれっと肋骨にヒビが入っていたらしい。
「え……なんか今日わざわざ来てもらってすいません……肋骨のヒビってなんかくしゃみするのも痛いやつですよね?」
「ヘーキヘーキ。ヒビっていってもごく小さいし半日くらいで治るからー」
「治るからって問題じゃないと思います」
不老不死は怪我に鈍感になっていけない。
何かしらリスクがあるのはしょうがないとは思っていたけれど、肋骨にヒビとか内臓ダメージは遠慮したい。なんか老後とかに影響が出てきそうな気がする。
全身チクチクか、マズい味か、変な匂い。
「えーっと、変な匂いがいい……かな」
「オッケー」
「あ、待って。テピちゃんとかシノちゃんは?」
「小さいと負荷も小さくなるけど、もし心配なら一緒に術掛けてユイミーちゃんが負荷引き受けることもできるよ」
「……じゃあそれでお願いします」
「おお、えらい」
ちょっと迷ったけれど、テピちゃんたちに何かあっても困る。
私が頷くと、サフィさんが「もしユイミーちゃんに何かあったら俺の生命力分けてあげるねー」とキラキラ微笑んできた。なんか寿命が逆に伸びそうでいらない。
「ユイミーちゃんイイコダネ〜。シノチャンハ自分デイケルダカラネッ!!」
「え、そうなの? 大丈夫?」
「鳥は別の回路使ってるしねー」
「あ、そうか。シノちゃんは普段から行き来してるもんね」
「普段って……死の鳥ほんとに入り浸ってるんだねーいいなー」
スジャークさんやシノちゃんには、生まれつき移動できる力があるようだ。シノちゃんは自分ひとりだけならサフィさんに魔術をかけられなくても移動できるらしい。これで私と一緒に魔術をかけてもらうのはテピちゃんたちだけになった。
サフィさんが腕まくりをして、私に近付く。
「後ろの荷物に入れてるんだよね? なるべく距離が近い方がいいから抱えた方がいいかな」
「あ、はい」
リュックを前に回して抱え込むようにする。チャックを開けると、シノちゃんがニュッと出てきた。ブルッと身震いして羽毛の流れを整えたシノちゃんは、サフィさんの方へぐりんと頭を動かす。
「アノネー、復活の老木ノ前デ待チ合ワセネッ」
「はいよー」
「ユイミーちゃん絶対チャント連レテキテッ!!」
「はいはーい」
「ユイミーちゃん、スグ来テネ〜待ッテルダカラネ〜」
「うん、あとでねシノちゃん」
「シノチャンガイナイトキニオヤツ食べナイデヨネッ!!」
「食べないから」
シノちゃんはプェッと鳴くと、鮮やかな翼を広げて身軽に飛び立ってしまった。スジャークさんほどではないけれど長い尾羽もあっという間に見えなくなる。
「じゃー行こっか」
「はい」
「手出してー」
サフィさんが杖を持っていない方の手を伸ばしてくる。右手をそこに重ねた途端、ビリッと静電気のような感じがしたと思ったら、めちゃくちゃ変な匂いが強く鼻を刺激した。
じんじんと痺れるような、煙のような、苦いような甘いようなやっぱり苦いような変な匂いを強く吸い込んでしまったように嗅覚が刺激される。思わず目を瞑ると、目頭に涙が浮かぶのを感じた。
「うっ!」
「あっ」
思わず鼻を押さえて、それから思いっきりクシャミをする。
まだ残っている気持ち悪い匂いに顔をしかめながら目を開けると、そこには誰もいなかった。
というか、何もなかった。
公園もサフィさんも何もない。
「……アレ?」
私は暗闇の中でひとり、消えゆく変な匂いを感じていた。




