魔術実践基本のキ14
神様のお料理アドバイスを受ける前のこと。
すりこぎを持って帰ったら、魔術ノートに露骨な反応をされた。
「なんてもん持って帰ってきてるんですかァー!!」
最近、カーテンを閉めている、床に本体を置いて生えるという条件で半透明な上半身だけ出して打撃練習をしている魔術ノートだけれど、私が帰ってきた瞬間に思いっきりのけぞって震え始める。
「魔術ノートもやっぱこういうのわかるんだね。なんか神様が貸してくれた」
「なんかじゃないですぅー!! 元いた場所に返してきてくださいっ!」
「捨て猫とかじゃないんだから……」
すりこぎを近付けてみるとヒエエと色んな角度にのけぞって避ける。何度もやっているとちょっと怒られた。楽しんでいるのがばれたようだ。
私にとってはどこからどう見ても普通のすりこぎなのに、魔術ノートにはそう見えていないようだ。
「これって強いの? 棒だけど」
「強いに決まってますぅ触りたくないですう……そんなの台所の棚の奥の奥に仕舞い込んでくださいぃ……」
「別に魔術ノートは触れないしいいでしょ。ホラ」
「ひぎゃっ!」
眺めていたすりこぎを半透明少女の方に突き出すと、すりこぎの先が白くて丸いほっぺをグニッと押し潰した。
「あれ?」
「な……な……ひ、ひど……あうっ」
「触れる」
「うぅ、や、やめっ、ほっぺた押さないでっ!」
魔術ノートが涙目になったので、すりこぎで頬をぷにぷにするのはやめる。代わりに自分の手で触れようとすると、いつも通りにすかすかと通り過ぎた。
もう一度すりこぎ越しに触れると、魔術ノートの頬だけではなくて頭や肩の感触も伝わってくる。
「へー、面白いね。神様の力の関係なのかな」
「つっつかないでくださいっ!」
「ア〜ユイミーちゃんガ折檻シテル〜ウケル〜」
「いや折檻ではないし。軽く触ってるだけだし」
私の枕の上で昼寝をしていたシノちゃんが、楽しそうな声を出しながら近付いてきた。ちなみに大学から一旦帰ると「ナンカダルイ」と言って神社に付いてこなかった。相変わらずマイペースである。
「ユイミーちゃんさまがひどい……。この傷付いた気持ち、魔術テキスト50ページ学習してくれないと治らない……」
「大袈裟すぎない? でもほら、この棒使ったら羽根取れるんじゃないかな」
「羽根……」
魔術ノートが大袈裟に動くたびにさっきから頭上でバインバインと動いていたピンクの羽根である。毎日抜こうとしてはすかすかと徒労に終わっていたので、魔術ノートは希望を見出してハッと目を輝かせた。
「ゆ、ユイミーちゃんさま、その棒で私の頭をやっちゃってください」
「言い方」
「はやく!!」
魔術ノートは下を向くようにして、頭に刺さったピンクの羽根をこちらに向けてくる。
すりこぎで触ると、木の棒を伝ってかすかに羽根の感触が私の手に伝わってきた。
「おお、触れてるよ」
「抜いてください! はやくっ!」
「いやちょっと待って、棒だからそんなに簡単には抜けないんだけど……ちょっと押していい? 痛くない?」
「痛くないですはやくこんなもの取っちゃってくださいっ!」
せめてすりこぎが2本あれば、挟んでいい感じに抜けたかもしれない。
1本のすりこぎだと挟んだりすることもできず、羽根の軸のところを押して倒すように抜きたくても弾力性が高いせいでうまくいかず、使い込んだすりこぎも羽根も滑らかなせいで引っかかりすら感じない。
はやくはやくと俯きながら急かしてくる魔術ノートの頭頂部と格闘していると、半透明の体にのしっと小さい足が乗った。
「シノチャンノ〜オ羽根ハネ〜スムース〜アンド〜ベルベット〜ダヨネ〜」
「ひゃああユイミーちゃんさまたすけてえ」
「シノちゃんちょっと降りてあげて」
「イヤッ」
のしのしと半透明の背中を登って頭の上まで登ったシノちゃんは、プイッと横を向いたついでに翼の内側へクチバシを入れる。そして取れた羽根を咥えて、ピンクの羽根と同じ場所にプスッと刺した。
「あ」
「いやーっ!」
「ズルシテンジャネーヨッ!! テメーノ実力デ取ラナイト増ヤスカラナッ!!」
「ひえええええ」
「ユイミーちゃんモ現実見テッ!! シノチャンノ実力ノ前ニハソンナ神器ナンテ無駄無駄ァ!!」
シノちゃん、スパルタ。
っていうか、神器なのか、このすりこぎ。
神様御用達の器具だから、神器といえばまあ神器なんだろうけども。
「ひどいぃ〜……」
「まあ、いずれは抜いてあげられるし……ほら、今度のはトルコブルーだから2色でいい感じにバランスが取れたというか」
「取れてませんー!! ユイミーちゃんさま、今すぐ最強の魔女になってくださいっ!」
「シノチャンハ最強ッ!! 地元ジャ負ケ知ラズッ!!!」
カァーと翼を広げてポーズを取るシノちゃんに、頭頂部の羽根が取れるどころか2本に増えてしまった半透明少女。家具に隠れて難を逃れるテピちゃんたちと気にせず遊びまわっているヒナトリオ。マイクロファイバーのミニ布巾で水道の蛇口をピカピカにしているニンニク。
今に始まったことじゃないけども、初めての迷宮突入を前に、こんなんで大丈夫なんだろうか。
若干の不安を抱きつつ、私は当日の持ち物リストに神器を加えたのだった。
あとでもちろんサフィさんにも爆笑されて、魔術ノートは残り3日の間恨めしげな顔で熱心に特訓するようになった。正拳突きを繰り出すとピコピコと2色の羽根が動いてちょっと可愛いと思ったのは黙っておいた。




