魔術実践基本のキ11
「へー、ほなユイミーちゃん迷宮入るんかいな。初めてやろ?」
「そうなんですよー」
テピテピテピテピテピテピテピテピと精一杯頑張っているテピちゃんたちの声をBGMにしつつ、私は死神さんとお茶を飲んでいた。
カウンターの端で作業するテピちゃんたちが落とす籾殻が紙袋の中に溜まっていて、ヒナトリオがそこに潜って遊んでいる。ニンニクはふわふわと泳ぎ回っては、こぼれた籾殻を拾ったり間違えて落とされた玄米を見つけて袋に入れ直したりしている。
ちなみに今テピちゃんたちが籾摺りしているのは、死神さんからもらったうちで食べる分のお米である。オレンジ色の玄米、美味しいのでおすそわけしてもらえると嬉しい。
「はー、浅いとこなあ。わてはこの辺専門やからもう随分行っとらんけど、まーまた最近色々変わっとるみたいやねえ」
「そうなんですか?」
「そうそう。もー200年とか経ったらすーぐ変わるねん。ついてかれへんわ」
骸骨をカシャカシャ鳴らしながら喋る死神さんの「最近」の尺度が長過ぎだった。
200年も経過したらさすがに色々変わるのはしょうがないと思う。
「この他の場所でも死の森みたいな危ないところってあるんですか?」
「うーん、浅いとこは即死になるもんは少ないと思うで。人工物は注意した方がええかもな」
「人工物……罠とか?」
「せやな。あとは許可取ってない食べもん屋とかはやめとき。安ぅても毒入っとったりするから」
「え、怖っ」
激安が売りの屋台は、食材が悪い味も悪いレベルならまだ善良な方で、中には毒を盛ってあって食べて倒れた購入者から財布や装備を盗んだり、蘇生して高額な料金を請求したりすることもあるそうだ。そうやって得た装備などを売り捌く闇市などもあったりして、迷宮はそこそこ賑やかだけれどやっぱり物騒なようだ。
「……そんなとこで殴るとか棒で殴るとかそういう攻撃って効くんですかね」
「まあエリアにもよるけど、戦う技術持っとったら大分違う思うで。追い剥ぎも戦う姿勢見せたら諦める奴らは結構おるし」
「追い剥ぎってまだ存在してるんですね」
迷宮、魔術的な意味じゃなく普通に治安悪いのでは。
何やら不思議な力で帰れなくなっているユウを想像していたけれど、普通に悪い人たちに目を付けられてパシリをさせられてたりする可能性もある気がしてきた。警察呼びたい。
「ユイミーちゃん初心者やもんなあ。そや、わての鎌持ってくか?」
「いえやめときます」
「意外と軽くて振り回しやすいでー。手入れもしっかりやっとるからよう斬れるし」
「いらないです」
普段は農作業に従事しているとはいえ、死神さんは死神さんである。ちょくちょく人命を刈り取っているタイプの大鎌は、扱えるかどうか以前にちょっと触りたくなかった。
持つ部分が長いので距離は取りやすそうだけど、うっかり手を切ったりしそうだし、その拍子にうっかりセルフで命を刈り取ったりしそうだ。
死神さんの大鎌ほどではないけれど、魔術だって危険なこともあるので同じようなものかもしれない。そう考えると、自分で力加減がしっかりできる拳が一番信頼できる気がしてきた。
「練習もそこそこ頑張ってるので、頑張って殴ろうと思います」
「その意気やでユイミーちゃん! わての腕も1本持っていくか?」
「いらないです」
カポッと外された左手が、カチャカチャと動いているのを眺めて私は丁重に断った。
不気味だし落としたらなくしそうだし、気軽に手の骨を貸し出すのはやめてほしい。
そんなこんなで、私は主に常連のお客様と、お休みの告知がてら世間話をすることが多くなった。ポヌと太鼓判なのか激励なのかのスタンプを腕にもらったり、順調に大きくなっている子犬たちで癒されたりしつつ、準備を整える。
サフィさんに習いながらの特訓は、効果は自分でもあまりよくわからなかったけれど、一緒に練習している魔術ノートの人型バージョンの動きが少しずつそれらしい形になっていた。私の実力と比例して成長するのであれば、ちょっとは特訓の成果がでているのかもしれない。
特訓にバイトに大学にと充実した毎日を送り、シノちゃんが「見ツケタワヨ〜」と窓から飛び込んできたのはゴールデンウィークの3日ほど前のことだった。




