魔術実践基本のキ10
「えーと、あの人……山田さんはね、この辺でバイトしててね」
「…………」
「大学が同じで……」
「…………」
「結構いい人……なんだけど」
「…………」
色白の小さな顔が、じっと無表情で私を見上げてくる。
そして繋いでいる手が微妙にギリギリと握り締められている。
見た目より強い。
「あの……へびくん的にも、山田さんは怪しいと思う?」
「はい」
「そ、そうなんだ。へー」
こっくりと頷いたへびくんに、私は曖昧な返事しか返せなかった。
シノちゃんだけが「怪しい」と言っているならまだしも、神様側のへびくんまでそう言うとなると、やっぱり山田さんは何かあるのかもしれない。
「山田さんって人間なんだよね? なんで怪しいと思うの?」
「あれはあるじさまのおちからがききません。ただものではありません」
「えっそうなの?」
へびくんは、もうすっかりいなくなってしまった山田さんの方向を眺めている。
へびくんの「あるじさま」というのは、つまりあのボロボロ神社の神様のことだ。建物はボロボロだけど、住んでいる神様の力は弱くはない。もらったお守りは明らかに変なものに対して効果があるし、雷っぽい攻撃をするらしいところも見たことがある。おまけに神社の裏からワープできたりもした。
神様としてどれくらいのレベルなのかはわからないけれど、少なくともこの近くに出てくる迷宮関係のあやしい存在では全く敵わないほどの力を持っているのは確かだ。
「えーと、つまり、神様の攻撃が山田さんには効かない……ってこと?」
「こうげきも、しゅごも、ききません。ひとはふつう、そのちにおわすおおいなるかたのえいきょうをうけます」
「その地におわす影響……えーと、氏神とかいうんだっけ」
「はい。でも、あのものはそういったかごがありません。まもりのちからはとどかず、そしてばちもあたりません」
「それってなんか、どっちかというと大変そうだね……」
ボロボロ神社に助けてもらったり、お守りをもらったりしている私は、神様の影響をしっかり受けているということだろう。もちろんそういう存在がいるということは、なんか悪いことをしたときにバチが当たったりするのかもしれない。けれど普通に生きていればそんな悪いことはしないだろうし、現に私は色々と守ってもらえてありがたいことしかなかった。
怪しい認定されている山田さんだって、私から見たら爽やか好青年のくくりに入るひとだ。
ユウに押し掛けられて困っていたときにさりげなく助けてくれたし、大学の構内でも偶然とはいえ危ないところを注意してくれたりした。
もし、もし山田さんに不思議な力や何かを察知する能力があったとして、あれが偶然じゃなかったとしても、やっていることはいいことだ。
だから、神様の影響があったとしたら、ちょっとしたご利益とかをくれるだけではないだろうか。報われるために善行をしているというわけでなくても、他の人だったらちょっといいことがあったかもしれないのに、それがないというのはなんだか可哀想だ。
あと、バイトを始めてから常識外の存在が結構うろついているのを知った私としては、近所で頼れる心強い存在がいない、というのはいざというときに困りそうだ。
「ぜんりょうにいきるならばいいでしょうが、あしきことにてをそめれば、かみさまのてのとどかぬそんざいはとてもきけんです」
「悪しきことに手を染める……感じの人じゃないんだけどなあ」
「ひとはすぐにみちをふみはずします」
「ご、ごめんねなんか」
人間、人じゃない存在から、すぐに道を踏み外すタイプの存在だと思われてる。
残念ながら私には、人間の一員として反論できるほどの根拠がなかった。
「ユイミーちゃんのことはあるじさまもきにかけていらっしゃいますが、あれのちかくにいたら、あるいはおちからがとどかぬやもしれません」
「近くにいるだけで私にも影響があるの?」
「あまりみぬたぐいのものです。どのようなことがおこってもふしぎではありません」
近付かぬように、とへびくんは私に言った。
なんだろう。山田さんは、神様の力に対する絶縁体的な体質なのだろうか。
見てる限りでは普通の人なんだけどなあ。
納得いかない部分があっても、へびくんが私のために言ってくれているのはわかった。
なるべくそうするね、というと、こくんと小さい頭が頷く。
「あのさ、ちなみになんだけど、私が魔術とか勉強してるのって、神様としてはアウトだったりしない?」
「みをまもるすべをまなぶのは、とてもよいことです」
「……最近攻撃とかも勉強してるけど、いや物理なんだけど、それもいいの?」
「わがみをまもるために、ときにはあいてにきりつけるかくごもひつようだとへびはおもいます」
「いや斬り付けたりとかはしないんだけどね。拳か棒なんだけど」
和風な顔立ちのへびくんがきりっとした顔で言うと、なんかこう、将来的に刀とか持ってそうで若干物騒だった。なんだろう、どの世界でも最終的に物理が最強なのだろうか。
「万が一だけど、もし私が魔女になったらやっぱり神様怒るかな」
「ユイミーちゃんがぜんのみちをあゆむかぎり、あるじさまはユイミーちゃんをおまもりするでしょう」
「神様、いい人だね」
「はい。あるじさまはとてもおやさしいのです」
そのお優しい神様の仲間であるへびくんに、山田さんは警戒されているわけだけど。
私はちょっと悩んでから、山田さんについては保留にしておくことにした。
「へびくん、今日ヒマならうちでお昼食べていかない? 神様がお昼作ってなかったらだけど」
「へびはこのごろたくさんたべます。おじゃましてもいいですか?」
「うん。一緒に食べよ」
手を繋いでうちに帰り、へびくんと一緒にパスタを作って食べた。
そうしたら途中で帰ってきたシノちゃんにめっちゃ怒られた。鳥はヘビが本能的に嫌いらしいけれど、シノちゃんもそうらしい。
大人気ない態度のシノちゃんに丁寧に挨拶したへびくんは、シノちゃんへのお詫びのお菓子を置いて帰った。できる子である。
シノちゃんは激怒してたけど、ちゃっかりお菓子は食べていた。ダメな大人である。




