魔術実践基本のキ7
今日は土曜。大学もバイトも久しぶりに休みの日である。
「えいっえいっ!」
習った通りに足元を安定させ、腰をグッと落としながら入れる感じで拳を突き出す。
「がんばれっがんばれっ!」
突き出した拳はすぐに引っ込めて基本の構えに戻る。
ひとつひとつは辛くないけれど、200回もやっていると息が上がってくる。
「ふう、ふう……えいっ」
「いやうるさいんだけど」
あと邪魔。
私がそう言うと、ふうふう息をしていた魔術ノートが首を傾げた。
「大丈夫ですユイミーちゃんさまっまだまだ練習できますっ」
「誰もそこは心配してないんだけど」
窓もカーテンも閉め切っているからか、半透明な全身を出現させた少女は相変わらずトンチンカンだった。
私がサフィさんに教えられた通りに練習を始めると、いつの間にか出てきて隣で真似し始めたのである。半透明とはいえ、隣で長いウェーブの髪やらフリフリの袖やらを振り回されたらなんか気が散る。
「ユイミーちゃんさまが特訓してるなら、私も黙って見てるわけにはいきませんっ!」
「なんで?」
「もちろん私も強くなって、ユイミーちゃんさまのお役に立つためですっ! 将来は共に並んで、偉大な戦う魔女に……ふふ……強大な悪の前で、一緒にポーズをふふふふふ」
「おーい」
魔術ノートはニヤニヤしながらまた妄想を始めた。なんでこんな性格に育ったのか。私のせいなのか。空気中を泳いで天井の拭き掃除をしていたニンニクが、ドン引きして魔術ノートから距離を取っている。気持ちわかる。
「ていうか魔術ノート、半透明だから戦う練習しても意味なくない? 邪魔だし」
「そんなことありませんっ! 今はまだご主人さまであるユイミーちゃんさまにも触れられませんが、ユイミーちゃんさまの力が増していけば実体化し、物理攻撃はもちろん魔術攻撃もできるようになりますっ!」
主張しながら魔術ノートが抱きついてきて、すかすかと腕を動かしていた。触れられないとはいえ汗かいてるのに抱きついてこないでほしい。
とはいえ、実体化して戦えるようになるのは便利そうだ。攻撃力が2倍にまではならなくても、挟み撃ちをしたりできるとかなり有利に戦えそうな気もする。
「どれくらいで戦えるようになるの?」
「それはなんとも……ユイミーちゃんさまの成長次第でもありますから。その辺の論理については新たに勉強してもらえば、もうちょっと計算ができるようになるかと! きっと『実践魔術理論の詳細下巻』にあるので、取り寄せて読んでもらえればっ」
「ねーシノちゃん、どう思う?」
私は握り拳ですかさず学習を進めてくる少女をスルーし、その体の透けた向こう側に声をかけた。シノちゃんはベッドで横になりながら、パソコンで動画を連続再生しつつ「ハハハ」と面白いのかそうじゃないのかわからない笑い声を上げている。
「エーナニー明日ハ生姜焼キガイイト思ウダヨ〜」
「そうじゃなくて。この魔術ノートって実体化するまでどれくらいかかりそうかなって」
ハードッコラショと言いながら起き上がったシノちゃんは、さっき窓から帰ってきてお昼ご飯の塩焼きそばを食べたばっかりだ。何やらあちこち情報収集しているらしく、夜も出かけるから夕食は早めに豪華めにと言われている。
翼を交互に伸ばしたシノちゃんは、バサッとジャンプするようにローテーブルに移る。天板に乗って私と魔術ノートを応援していた数匹のテピちゃんたちが風圧でコロコロと落ちた。
サッと私の後ろに隠れた半透明少女が「私を本棚に避難させてくださいっ!」と右腕の辺りをすかすかと触っている。
「ン〜トネ〜シノチャンワカンナイッ」
「まあ、そうか。シノちゃんは魔術とか習ったわけじゃないもんね」
「シノチャンハ天性ノ攻撃力ダカラネ〜」
シノちゃんは鳥なので魔術を理論立てて知っているわけではない。サフィさんによると、魔力を使う動物は、ヒトが使う魔術とは違って自分で細かく魔力効果を操ることはできないけれど、その代わりに直接的で強力な技を持っているそうだ。魔力を使って戦う方法も本能で知っているし、財宝鳥のように強制的に眠らせたりする特殊な能力を持っているものもいる。
「アノネ〜ソノ物風情ガイツ触レルヨウニナルノハ知ラナイケド〜、魔力使ッタラコイツニハ触レルダヨネ〜」
「じゃあ、シノちゃんは触れるってこと?」
「コンナカンジ〜」
ワサワサと羽繕いしたシノちゃんが再び飛び立つ。キャーキャー避ける半透明少女の頭にガシッと着地すると、その天辺にグサッとピンク色の羽根を突き立てた。
「ユイミーちゃんさまあああ」
「えーと、シノちゃんが触れることはわかった。とりあえずこっち来る?」
「モ〜ユイミーちゃんハシノチャン大好キネエ〜」
涙目になっている魔術ノートの頭に腕を近付けると、シノちゃんが乗り移ってきた。魔術ノートは「ふええ」と涙目で座り込む。
頭のてっぺんにピンクの羽根を生やしたままである。
「ゆ、ユイミーちゃんさまあこれ取ってください〜取れません〜!!」
「シノちゃん……」
「シノチャンノアリガターイ魔力デブッ刺シタ!!」
私がシノチャンを見ると、シノちゃんはドヤ顔をした。そうじゃない。
仕方ないので私が取ろうとすると、手のひらがピンク色の羽根をすかすかと通り抜けてしまう。
どういう仕組みなのか、成分的に魔術ノートと若干同化しているようだ。しかも私だけでなく、半透明少女が頭に手をやってもすかすかと羽根をスルーしてしまう。
「どういうこと?」
「タブンネ〜コノシノチャンノチャームポイントデアルピンク羽根ヲネ〜抜ケルヨウニナッタラ実体化シテルヨッ!!」
つまり、私の力が上がって魔術ノートも魔力だかが強くなり、実体化できるまで頭にピンクの羽根が刺さったままの姿になると。
座り込んだ半透明少女がじわっとまた目を潤ませた。
「……えーと、トルコブルーよりはピンクの方が似合ってると思うし、よかったね」
「ひどいひどい〜!!」
泣き始めた魔術ノートを宥めるために、私はその後2時間くらい魔術の勉強をした。
シノちゃんは動画視聴に戻り、私のアカウントを使って勝手にチャンネル登録を繰り返していた。




