魔術実践基本のキ5
「早速なんですけど、迷宮に入る前の準備とか、最低限これはやっておいた方がいい魔術とか教えてもらえますか?」
「いいよー」
まだデザートの醤油漬けニンニクを食べつつも、サフィさんは気軽に頷いてくれた。
ちなみに私やテピちゃんたち、まともな味覚チームのデザートは試作品のマンゴージェラートだった。冷たいからかテピちゃんたちは食べた後にてぴてぴーと走り回ったけれど、すぐにまたおかわりを求めて小皿に戻ってきていたので多分美味しくできたと思う。
「魔術の勉強はどこまでいった?」
「全然進んでません」
浄化の魔術だけだと答えると、サフィさんは「本当に進んでないねえ」とのんびり頷いた。魔術ノートから顔を覗かせた半透明少女がチラチラとこちらを見ているけれど、サフィさんに近付かれたくないのか黙ったままでいる。
「魔術ノートは『いい機会だから上級テキストも買え』とか『まず弱い敵と戦ってみてから必要な魔術を覚えていけ』とか言うんですけど、もうちょっと現実的な方法があったらなーって」
「上昇志向強いねー。まあ、いくら魔女の血があってもいきなり上級魔術は難しいと思うよ。ヤバいやつだと失敗したら爆発して死ぬとかあるし」
爆発するのは魔術だろうか、それとも魔術を行使した人だろうか。
魔術ノートを見ると、半透明の頭がサッと引っ込んだ。
期待が大きいのか何なのか知らないけど、やばそうなリスクがあるなら勧めないでほしい。
「そもそも上級魔術っていうのは、弱い魔術の組み合わせとか積み重ねとか編み上げ的な感じなんだよねー。だからそういう簡単な魔術を頭に入れておかないと難しいんだよ」
「なるほど。じゃあやっぱりテキスト通りにやっていくのがいいですか?」
「それも大事なんだけど、迷宮歩くなら戦闘向けの魔術練習もしておいた方がいいと思うよー」
私が勉強している「かんたん魔術はじめの一歩」では、戦いなどの実践的な魔術には触れられていない。それ以前の超基本的な魔術のためのテキストだからだ。目次やパラ見で分かる限り、テキストを読んで理解し、自分ひとりでできる範囲の魔術に収まっていると思う。基本的に室内でできるし、外に出るものであっても、草を摘みにいったり月の光を浴びたりのような半径100メートル圏内で完結するものである。たまに「もし用意できたら」でコウモリの目玉とか毒蛇の黒焼きとかヤバそうなのが出てくるけど。
「あの、そもそも私のレベルで戦闘とかできるんですか? 負ける確信しかないんですけど」
「まあ俺と死の鳥がいたら基本何もないとは思うけど、ユイミーちゃんとしても自分の身を守る方法を何も知らずに行くのはちょっと心配じゃない?」
「それはまあ」
弱いエリアなら装備がしっかりしていれば大丈夫とシノちゃんが言っていたけれど、シノちゃん自身が強いだけに、素人の私が行ってもどれくらい大丈夫なのかはわかりにくい。
もしシノちゃんやサフィさんと別行動する必要があったりしたら、手を清めるくらいしかできないのは心配ではある。
「いつ行くのかは決めてる?」
「シノちゃんが正確な場所を探してくれるの待ちではあるんですけど、一応ゴールデンウィーク……あと10日ちょっとくらい後にしようかなって」
「うん、じゃあ今できる魔術を使って最低限のことだけでも練習しとこうか」
自分の実力に不安はあるものの、あんまり時間をかけすぎてしまうと目的であるユウの命が危なくなるかもしれない。
もしユウの居場所の特定に時間がかかったとしても、連休であれば大学の心配をせずに数日間費やすことができるし、早めに見つけられたら体を休めることもできる。バイトを休むことになるのがちょっと申し訳ないけれど、期間を決めておけば常連さんにはあらかじめ多めに買い物してもらうこともできる。
「じゃーさっそく教えるから、まずは自分で空き時間にでも練習してみて」
「よろしくお願いします」
デザートを食べ終わったサフィさんが麦茶を飲んでから立ち上がる。私も立ち上がって、カウンターからサフィさんのいる方へと出た。
魔術関係のことを人に習うのはこれが初めてだ。
しかも教えてくれるサフィさんは強い魔道士であり、吸血鬼でもある。
なんだか本格的な魔術の勉強になってきた。いつの間にかまた顔を覗かせていた魔術ノートが、キラキラした目で見てくる。
ちょっと緊張しながら見上げると、サフィさんは薄いブルーの袖をかるく捲った。
「よし、じゃあまず軽く足を開いて、片足をちょっと前に出す感じで」
「はい」
「で、膝を軽ーく曲げる。伸ばしてると急な動きに対応できないから、こう緩めとく感じ」
「なるほど」
「で、腰は正面に向けて、手は握りながら、利き手は脇に引きつける感じで」
「あのー」
「ん? 反対の手は軽く持ち上げるんだよー」
「いやあのこれ、魔術関係あります?」
サフィさんがおもむろに教え始めた、私が知ってる魔術を使った基本的な戦闘の何か。
それは私が見ている限り、どう見ても徒手空拳で戦うための構えだった。




