魔術実践基本のキ1
「シノチャンハトッテモ朝ガスキ〜ダッテ二日酔イノ体ニ〜ブチ込ム迎エ酒ガ気持チイイカラ〜朝カラガツント食ベル油ッコイモノハ〜クセニナルカラ〜!」
「……朝からダメ人間な歌で起こさないで欲しいんだけど」
私が起き上がると、ローテーブルのさらに魔術ノートの上で踊っていたシノちゃんはプェッと鳴いた。
「消化器が丈夫だよね、シノちゃん。その胃腸大事にしたほうがいいよ」
「シノチャンハ才能ヲ惜シミナク使ウタイプナンダヨネ〜」
「ユイミーちゃんさま……助けてください……表紙に爪が食い込んで跡になったら困ります……」
昨日とは打って変わって絶好調そうなシノちゃんとは反対に、その脚に踏まれている魔術ノートは悲しそうな声を出した。シノちゃんを腕に乗せ、結露しないために入れっぱなしだったジッパーバッグから取り出すと、表紙からにょきっと生えてきた半透明少女の生首がふぅ〜……と深い溜息を吐いた。冷蔵庫に入れて忘れたり、シノちゃんの踏み台にされたりと散々だったので、ちょっと可哀想かもしれない。
「さてユイミーちゃんさま! 昨日は復習できませんでしたね! 朝一番で新しい魔術を習得しませんか?」
「立ち直りが早いよね」
「昨日習得したそうになさっていた魔力凝縮性破壊攻撃については、現在のレベルでは情報不足です。上級魔術演習のテキストを購入し勉強しませんか?」
「いや習得したそうにしてないんだけど」
ビームは魔王さんがオススメしていただけであって、私は少しも興味を示してないというのに。相変わらず魔術習得に対してはグイグイ進路を曲げようとするタイプの魔術ノートだ。
鼻息荒く上級魔術を勧めてくる魔術ノートの気をそらすために、今日も手と小さいものの浄化を練習しておいた。窓の鍵に対して浄化の魔術を掛けるとまたシノちゃんが簡単に破ってしまいそうなので、ニンニクの寝床にしているカフェオレボウルに掛けてみる。特に見た目は変わっていないけれど、ワサワサとヒゲ根を動かしたニンニクがいつもよりもしっかりとカフェオレボウルの水を浴びていたので、何かしら意味があったようだ。
浴び終わった水でマイ布巾をチャプチャプ洗っているニンニクの隣で朝食を作り、テーブルに並べる。食事中のヒナを見守っていたテピちゃんたちには、細切れの焼いたソーセージ をあげた。シノちゃんは持ちやすいよう半分くらいに切ったもの、私はそのまま焼いたものである。
「さすがですユイミーちゃんさま! より高度な浄化魔術を学びますか? それともテキスト通りに進めますか?」
「それは置いといて、シノちゃん昨日ユウのこと見つけたって言ってたよね? 詳しく教えてくれない?」
「エ〜ソンナコト言ッタッケ〜?」
片足でソーセージ を握ってモグモグしているシノちゃんが首を傾げる。
「ネ〜ディジョンマスタード付ケテ〜」
「マヨネーズかケチャップしかないよ。言ってたでしょ寝る前に」
「粒マスタード買オウヨ〜結構使エルヨ〜白ワインニ合ウヨ〜」
仕方ないのでシノちゃんのためにからしマヨを作ってあげると、シノちゃんは嬉しそうに近付いてくる。すっとからしマヨを遠ざけると、シノちゃんはプェーと鳴いて話し始めた。
「アノネ〜邪魔ナヤツブッ潰シタトキニネ〜チョット気配感ジタンダヨネ〜。ホラハヤク食ワセテッ!」
「その気配がユウのだったの?」
「ナンカ知ッテルナ〜ッテ感ジダッタンダケド〜後カラ気付イタンダヨネ〜」
からしマヨを付けたソーセージ が気に入ったらしいシノちゃんが満足気に頷く。テピちゃんの1匹がそーっと手を伸ばしてからしマヨの味見をしたけれど、辛かったようでテピーッと丸くなっていた。
「で、どこにいるの? 迷宮?」
「ソダネ〜」
「日本に帰ってきてないんだよね。向こうで暮らすことに決めたとか?」
「気配ダケダカラワカンナイケド〜多分チガウダヨ〜」
シノちゃんによると、感じた気配は、迷宮でも人間が多く出入りするような浅い場所ではなさそうだったらしい。
少なくとも、ユウのような初心者というか普通の人が迷宮に入って1ヶ月くらいで到達するような場所ではないそうだ。私がバイトしているエリアほどではないけれど、環境も住んでいる生き物も人間にとってはそれなりに過酷な場所らしい。
「なんでそんなとこに……だから帰ってこれないのかな?」
「帰リ道デ詰ンデルノカモネ〜マア生キテタカラオッケーダヨネッ!! オカワリッ!!」
「いやオッケーではないと思う」
ソーセージ を切り分けつつ考える。
行方不明になって時間がたった今でもユウが生きていたというのは良い情報だけど、そんな場所にいるなら、これからも生きているという保証はないのでは。
ユウは苦手な存在でもう関わり合いになりたくないとは思ったけれど、放っておけば命が危ないような状況で見捨てたいほど嫌いなわけではない。
本人はおいといても、家族や友達が心配しているのは可哀想だ。迷宮にいるなら日本のどこを探しても手掛かりが見つかることはないだろうし。
「ユイミーちゃんドウスル〜?」
パキッとソーセージ を噛み切ったシノちゃんが、首を傾げてじっと見つめてくる。
「……できたら、助けたい、かなぁ」
知ってしまっただけに、何もしないでユウに何かあったら後味が悪い。変に行方不明とかなったりしないで、良い感じに関係がなくなっていってほしい。そう思うのは本人のためではなく、むしろ私自身の精神の安定のためだ。
「シノちゃん、できると思う?」
「思いますっ!!!」
シノちゃんの代わりに力強く頷いたのは、目をキラッキラに輝かせた魔術ノートだった。




