はじめての魔術29
2限を乗り越えた後も、色々と大変だった。
昨日に引き続きどこからか流れてくる灰色の綿毛っぽい物体、人気のない廊下に立つぼやけた物体、容赦なく出される課題、貸出中の参考文献、その他もろもろ。
どうにか家に帰った頃には、心身ともに疲れていた。
「今日はご一緒してもいいですか……」
できたばかりのマンゴーラッシーを手にとった魔王さんが、コクッと頷いた。
いつもより多めに買ったマンゴーによるフレッシュなカットフルーツ、マンゴーラッシー、そしてマンゴープリン。いつもは切ったマンゴーを一切れほど貰うだけだけれど、今日はガッツリ甘いものを食べたい。
魔王さんは特に何を言うでもなく、一緒に食べることを許してくれたようだった。スツールを指して私に座るように促してくれる。優しい。
ツノのある動物っぽい頭蓋骨丸出しな頭部に、黒いマント、さらに滲み出る黒い靄。ついでに手も黒くて、しかも必要に応じて何本も出てくる。頭蓋骨の奥から紫色に光る視線に怖気付くのか、魔術ノートも魔王さんがいるときには半透明な顔を現すことなくただのノートに徹していた。私と同じで魔王さんともかなり長い付き合いになるテピちゃんもいまだに怖がっている。
「ピーピッ」
代わりに溢れる度胸で立ち向かっていくのは、ヒナのうち最も孵化が早かったピーちゃんである。タカタカと棚や商品を足場にして器用にカウンターに登ったかと思うと、ストローをちゅーと吸っている魔王さんの真正面におどり出てピーピーと鳴き始める。
「ちょっとピーちゃん、今食べてるところだから」
「ピッ!」
私がそっと捕まえようとすると、最近ますます機敏になったピーちゃんはうまいことそれをかわしてさらに鳴き続ける。指の間をすり抜け、手の甲をピョンと踏んで逃げるピーちゃんの足はまたちょっと成長したようだ。
「すみません」
『……小さき命は、新たなる訪問者に殲滅の極意を教授せよと懇請している』
「殲滅って」
魔王さんの言葉選びが仰々しすぎたのか、それともピーちゃんの願いが物騒すぎたのか。いつの間にかちゃっかり私の腕に乗っているピーちゃんは、ポワポワな白い羽毛を膨らませて「ピッ」とドヤ顔をした。
「重ね重ねすみません……最近ちょっと、なんか変わった存在が周囲に多くて困っていて……」
3本目と4本目の手でマンゴープリンを食べる魔王さんが頷いたので、私はちょっとだけ愚痴ってしまった。
お客様として来る分には問題ないけれど、日常的にそういう存在が現れると疲れるし、数が多くなるとちょっと不安になる。ユウの情報についても集めてもらっているシノちゃんに頼りっぱなしになるのもどうかと思うし、魔術は勉強しているけれどまだ基礎の基礎だ。今のところは浄化の呪文を掛けた手で対処できているけれど、何度も清めていると手が荒れそうでそれもちょっと心配である。
「コツコツやるしかないとはわかってるんですけど。ちょっと疲れるというか」
モグモグしつつ、魔王さんは頷いて私の話を聞いてくれた。
この迷宮でも最強な存在の魔王さんにとっては些細すぎて理解できない悩みかもしれないけれど、聞いてくれるだけでもちょっと気が楽になった。美味しいマンゴーラッシーも疲れを取ってくれる気がする。
『新たなる訪問者よ』
「はい」
『汝、水底に沈みし剣を探す最中にあり』
「み、水底……剣……?」
魔王さんがマンゴーをフォークに刺しながら小難しいことを言った。
『暗く冷たき水を掻き分ける苦難がなければ、その望みは得られぬ』
「えーっと、頑張らないと、的な……?」
『望みに手を伸ばせば、与えられん。汝、それに能う者よ』
苦労したらちゃんとできるようになる的なことだろうか。魔王さんの言葉は難しかった。なんとなく励ましてくれているっぽいことだけはわかる。
「えーっと、努力すれば、どうにかなる力も手に入るって感じですかね……とりあえず、魔術の勉強も頑張ろうと思います」
『殲滅には魔力を指先に凝縮し放つのが定法』
「それは超上級者向けのやつですね」
魔王さんのビームを自分が出している想像をしてみた。色々と無理だと思うけど、1回くらいならやってみたいかもしれない。
私が笑うと、魔王さんがコクッと頷いた。
「アドバイスありがとうございます」
私がお礼を言うと、手の上のヒナも「ピッ」と鳴く。魔王さんはヒナにもコクッと頷き、そしてマンゴーと上級南国果実Bの入った果物カゴを持って去っていった。
相変わらず見た目は迫力があるけれど、果物好きで優しいいい人である。
ピーちゃんを撫でていると、今まで沈黙していた魔術ノートから半透明の生首が生える。
「新しいヒントを得ましたね、ユイミーちゃんさまっ! 上級攻撃魔術である魔力凝縮性破壊攻撃について学習しますかっ?」
「しない」
目をキラキラさせながら基礎をすっ飛ばした学習を勧めてくる魔術ノートが騒がしいので、ジッパーバッグに入れてから私の部屋の冷蔵庫に入れておいた。




